第五十二話 1.光ディスクの進化 一般的なレコードプレーヤーに求められるメカニズムとはなんだろうか? 正確な回転速度を維持しながら軸受けからの機械的なノイズを発生することなく、ひたすら静粛性を追求して回転するターンテーブル。 そして、常に音溝の真上の一定のポジションにカートリッジの磁気回路が位置するように、一定の針圧を印加しながら上下左右共に微小な応力に反応して敏感に盤面の変動に追随するトーンアーム。 場合によってはカンチレバーの発する共振を制御するためにトーンアームに設けられたダンピング機構。アナログプレーヤーに求められるメカニズムとは、LPレコードの音溝という機械的な変位を検出して電気信号に変換するものなので、信号記録面であるレコードとの接触があり、 またその接触の仕方こそが生命線という原始的なものなのである。 しかし、レーザーディスクから始まりCDに引き継がれた光学式ディスクの再生ということは言い換えれば"非接触"という再生方式のスタートでもあったわけだ。 非接触でありながら信号面を正確にトラッキングする手段として必要不可欠なもの、それが"サーボ"である。 光学式ディスクもアナログのレーザーディスクから始まり、デジタルのCDへ、そしてSACDという流れを考えるとき、その基本は大同小異であり変化してくるパラメーターを理解することが必要であろう。 そんな時に読み返して頂きたいのが音の細道 第44話である。 この随筆ではCDというメディアがどのような仕組みになっているのか、その基礎知識を知ることによってP-0というメカニズムの完成された姿を浮き彫りにしよう試みたものであるが、 先ずはSACDのディスク自体がどのようにCDと違うのかということを理解する必要があるだろう。 それでは、図1ではCDの概要を示しているが、このCDを基準としてDVD/SACDの新方式を取りまとめての対比として順を追って述べていくことにする。 まずディスクの直径であるが、12センチ盤で120±0.3 mmこれは両者共に共通である。 8センチ盤ではCDの80±0.2mm に対してDVD/SACD は80±0.3mmは若干許容範囲が広い。 記録エリアとしては、外周は三者共に直径116mmと共通であり、内周ではCDは直径50mmに対して+0/-0.4mmの許容範囲、DVD/SACDでは同じ許容範囲で直径が48mmから記録面をとっている。 次にディスクの厚みだがCDでは1.2mmに対して+0.3/-0.1mmの許容範囲であるが、DVD/SACDでは+0.3/-0.06mmとして薄くなってしまう方向には厳密である。 ディスクの透明部分の厚みはDVD/SACDなどでは0.6mmの±0.03mmという厳密な規格であり、そのディスクを二枚貼り合わせて二層構造となっている。 この辺まではミリという単位になっているので、ふむふむ…と思われるだろうが、これからが両者の大きな違いが表れてくるところである。 そこで写真1をご覧頂きたい。 ここから使われる単位は一気にミクロン(1000分の1ミリ)となる。 写真1の左側が図1で示しているピットの拡大したものであり、右側がDVDであるがSACDも同様なので共通なスケールとしてご理解頂きたい。 CDのピットの幅は0.5μmであるが、DVD/SACDは0.3μmと更に小さくなっている。 目に見える例えとしてボールペンで幅1ミリの直線を書いたとすると、その一本の線の中に何と3,333本のピット列が整然と並んでしまうと言うことになる。 次に、これらピットがどのような間隔で記録されているか、つまりトラックピッチはCDの1.6μmに対して、DVD/SACDは何と半分以下の0.74μmと更に高密度の記録をしているのである。 そしてピットの長さであるが、CDは下記のように9種類であるが、それに対してDVD/SACDは何と最小で1/3から1/2程度になっており、更に
CDが登場した3年後に着想された次世代の光ディスクが、約10年の歳月をかけてここまで高密度記録を進化させたというミクロの世界での開発が思い起こされる数値ではないだろうか。 そして高密度記録というためには次にピックアップしていく際の技術進歩も見逃すわけにはいかないだろう。 さて、これらのピット列をレーザースポットがトレースする長さであるが、CDやDVD/SACDは線速度一定の回転方式CLV(Constant Linear Velocity)であるので、 表現としては一秒間にどれくらいの距離をレーザースポットが進行するのかという事になる。 CDは1.2から1.4mということで収録時間の長短によってソフトの制作会社が任意で設定することになっている。 では、DVD/SACDはというと…、3.49mから3.84mという三倍以上の距離をトレースしているのである。 また、光源となるのはレーザーダイオードだが、その光の波長はCDでは780nm(ナノ・メーター)に対してDVD/SACDは650nmである。 光線の話題が出たところで、CDがDVD/SACDに勝っているポイントがひとつだけある。 レーザー光線をディスクに照射したときの反射率である。 DVD/SACDではSingle Layerでは45%から85%、Dual LayerとHybrid Layerでは18%から30%という反射率なのに対してCDでは約70%ということで、 Dual /Hybrid Layerに記録されたCDフォーマットやマルチチャンネルなどのピックアップに比較して一律に良い条件であると言えるだろう。 さて、今後の展開で最も重要な要素となるディスクの回転数だが、これまでに述べてきたパラメーターから次のような事実が浮かび上がってくる。 CDの場合には線速度を最小の1.2mとした時に内周では毎分459回転、外周では198回転となる。次に線速度最大の1.4mとした時には内周で535回転、外周では231回転となる。 これらの最小最大をとって簡単に言い換えれば毎秒で約3.3回転から8.9回転、ざっと考えれば最大で毎秒約9回転していると言えるだろう。 さて、DVD/SACDではどうか…。ディスクの回転数は次のように求めるのだが… 線速度: L [m/s] ディスク半径: r [mm] として一秒あたりの回転数は、
ちなみにDVD/SACDでは各仕様で線速度を一定に規格化しているのでCDのように制作者側の意向によってディスク個体での変動はない。 それにしても、これらのパラメーターの違いはどこに表れてくるのか? その結果が記憶容量と言うことになる。 CDでは650〜800MBであるのに対して、DVD/SACDでは1.46から4.70…、ただし単位はGB(ギガビット)と言うことになる。 言い換えれば最大で4700MBということでDVD/SACDはCDの約7倍という情報量を持っているのである。 さて、このように高密度記録という実態を数値で比較してきたわけだが、ディスクを製作するソフトメーカーの製造段階における精度の許容範囲はどのくらいあるのだろうか? これは先に述べている静止状態でのサイズ的な尺度ではなく、回転中の挙動・変動に関するものであり、例えとしては車のタイヤのダイナミックバランスと同様な見方と言えるものである。 この許容範囲が大きいとレコード会社としては製造が楽になり、プレーヤーを作るハードメーカーとしては再生装置の設計が大変になる。 逆に考えればソフトメーカーへの許容範囲を厳しくしていけばいくほど量産効率は落ちて良品としての歩留まりが悪くなるが、 ハードメーカーとしてはトラッキングしやすいディスクとしてプレーヤーの設計が楽になる。 このように相反する性格が両者にあるのだが、いずれにしても"非接触"という原則は変わらないので、 音の細道 第44話で述べているサーボという制御方式に依存することになるわけだ。 サーボの原理に関しては上記の随筆に解説を譲るとして、ここでは前述のようにソフトメーカーに許容されているディスクの概要を理解して頂ければと思う。 ちなみにCDでもDVD/SACDでもピックアップの対物レンズは、メーカーによっても多少の違いはあるがディスク面から約1mm前後という間隔でトレースしているというのが実情である。 この中でCDに関しての変動に対してプレーヤーのサーボがいかに素晴らしい働きをしているかと言うことも上記の随筆で述べているものであった。(下記の(P-P)とはピーク・トゥ・ピークの意味)
「ミクロン単位の話しをしても実感がわかないので、ディスクのピットが1ミリだとしたらどうだろうか!?」 電卓との格闘になるだろうが、これは誰でもわかりやすい例えとして計算を始めてみた。 CDの場合にはピットの幅が0.5μmだったので、これを2,000倍にすることで目に見える1mmというスケールに置き換えてみたものだった。 しかし、DVD/SACDのピットの幅は0.3μmということなので、3,333.3333…倍にしなければいけない。さあ大変だ!! 先ずディスクの大きさだが、何と直径は約400mで厚みは約4m(CDでは2,000倍で直径240mで厚み2.4m)ということになる。この400mという直径は尋常ではない。 世界一高いビルとして株式会社間(ハザマ)組がマレーシアのクアラルンプールに建設したペトロナスツインタワーの高さに匹敵するものであり、その頂点までを直径としたディスクを想像して頂ければと思う。 そして、この面積を計算したら大変なことがわかってきた。何と125,600.uという巨大なものになる。 アジア最大級のサッカー専用スタジアム埼玉スタジアム2002の二倍の面積というのだから驚いてしまう。 信号記録面としては内周の直径160mから最大外周の直径で約386mの間に、たった1ミリのピットがトラックピッチを2.46mmという極小の間隔で膨大に刻まれているということになる。 このピットの総数は電卓では到底計算できないものであろう。 回転数は同じとして、これほど巨大なディスクが内周で毎分1,389回転、外周で575回転も高速で回っているということになるのだが、 このような巨大なディスクの上を、レーザースポット先端の大きさで約1mm程度の光線が、Hybrid Layerで毎秒約11,630m、Dual Layerでは毎秒で約12,800mという途方もない長さで盤面上をトレースすることになる。 (CDでは2,000倍で2,400mから2,800m) すると、この時のレーザースポットの進行速度はどうなるか? 時速41,868Kmから41,080Kmということになり、音速の34倍から37倍という信じられない速度になってしまう。 こんなことも言えるのだが、CDでは一秒間に読み取るピットの数はおおよそ30万個程度と言われているが、DVD/SACDの場合ではピットのHybrid Layerでは一秒間に読み取る可能性として、 すべて最小の長さのピットだと仮定するとざっと毎秒約2,887万個という数になっているのだから驚きである。これ以上は、やはり計算できるレベルではなかった…。 さあ、この辺で上記のディスクの生産上での許容範囲ということが問題となってくるのである。 まず、対物レンズのディスクからの距離だが、これも同様に拡大してみると直径400mのディスクに対して約3.3mの高さに位置していると仮定できる。 では、その巨大ディスクが回転中に上下に面ブレとして浮き沈みする距離はというと、DVD/SACDの場合にP-Pでは約1mの上下動が起こっても良いということになる。 レンズとディスク面の間隔の約三分の一の変動だ。これを外周で毎秒9.58回、内周では毎秒25.4回も繰り返すということになる。 そして、水平面での誤差、つまり偏心量ということではP-Pでは約33cmが許容されているということだ。 しかし、たった1mmのピットが一周に一度の周期で330倍もの偏差で直径400mのディスクのあちらこちらに飛んでいってしまうということである。 しかも、外周で毎秒9.58回、内周では毎秒25.4回という頻度で起こっても良いとされているのである。 これらの驚異的な追随性がサーボに求められた仕事であり、実際のプレーヤーの内部では信じがたいミクロの世界で"非接触"でのトラッキングを平然とこなしているのである。 すべての光学式ディスクで必要不可欠な存在、サーボの驚異をご理解頂ければ幸いである。 |
2.サーボという必要悪とP-0の偉業 さて、これまで述べてきたようにDVD/SACDでは深さ(厚み)が0.1μmのピットが、実際には垂直方向にその深さ(厚み)に対して何と300倍の300μm(0.3mm)まで変動しても良いということになっており、 幅0.3μmのピットは水平方向には何と333倍もの偏差で偏心があっても良いということになっている。そして、DVD/SACDではトラックピッチが0.74μmという超精密なスレッド送り機構が必要になるのだが、 これらを統合するのに三種類のサーボが共同作業を完璧にこなしていかなければいけない。それを私なりに解説していくことにする。このサーボの原理を説明するために、構成要素を極限までシンプルにした図面を私なりに作ってみた。 ここに掲載するために縮小していることからテキストは書き込んでいないので、 今後の解説に必要になるポイントを述べておく。見てお解りだろうが、ブルーの直線がディスクを表している。 ピンクで半透明の部分がレーザー光線ということで、黄色の楕円が対物レンズ、水色の楕円がレーザーダイオードの光源と言うことになる。 この光ピックアップ全体をディスクの内外周にそって(図面では左右に)移動させるメカニズムをスレッド送り機構と言い、黄色いレンズを動かす機構をアクチュエーターと呼ぶ。 たったこれだけでサーボの原理をわかりやすく解説できればと考えたものである。 写真2は何と、あのP-0のアクチュエーターそのものである。写真3では実際にP-0に搭載されたピックアップの位置を表現している。 金色の丸いターンテーブルの左側にちょこんと取り付けてあるのがアクチュエーターであり、ピックアップの光学系である。 後ほど重要なポイントを述べることになるが、 P-0のスレッド送り機構とは、このピックアップを載せいている縦に長い長方形の大きな台座すべてがディスクの内外周の半径軸と平行の上下に見える太い二本のレールの上を動くということである。 そして、図2で描かれている黄色の対物レンズはこの写真2で表面に露出している目玉の部分であり、その下に水色のレーザーダイオード光源が格納されている。 ちなみに写真の方向で左右の全長は45mmというサイズである。この写真で注目して欲しいポイントは表面にある対物レンズは、上下にある細いワイヤーで吊り構造となっており、 指で触れるとふかふかと浮いているということだ。そのワイヤーの上下には小さなコイルが巻かれているのがお解りだろうか。 更に対物レンズの左右両側には小さいながらも強力なマグネットが仕込まれているのである。 そうです!! このようなアクチュエーターとは一種のモーターシステムになっており、微小なコイルに流される電流によって対物レンズがx軸y軸の両方に対して三次元的な動きをするように作られているのである。 このコイルに流されるのが、音の細道 第44話第一章『奴隷の貢献』で述べているサーボ用差信号であり、このサーボ電流が音質劣化の要因として問題視されてきたのである。 このサーボ電流をいかに低減させて安定したトラッキングを実現するか、その命題を根本的に解決したのがP-0であった。 さて、このピックアップに直接関連せず、この図2で解説できないサーボがある。ディスクの回転数を司るスピンドルサーボである。 前章で述べているように、各々のディスクの回転数に準じて記録面の最内周から最外周までを線速度一定でトラッキングするためにスピンドルモーターを駆動するわけだが、これにもサーボがかけられている。 これをスピンドルサーボといい、ディスクの中心からピックアップの位置がどこにあるべきかをディスクに記録されている各データブロックの先頭を最初に検出しておくことにより、 スピンドルモーターの回転数を推定し、クォーツロックを用いたPLL(位相比較)制御で定速制御させるのである。 では、CD以外のフォーマットのディスクをどのようにプレーヤーは検出し、そしてそのディスクにあった線速度一定を選択するのだろうか? まずプレーヤーに私達が何気なくローディングするところから、その作業が始まる。 ピックアップは最初にSACD用レーザーを点灯し、フォーカスアクチュエーターの動作によって検出される信号によって判別するのである。 簡単に言うとレーザー光線をディスクに照射した状態でレンズを上下動させ戻る光をモニタする。 そうすると次のような段階が発生する。 でチェックを行い、 ということでプレーヤーが認識するのである。 そして、CD/SACDにもリードインエリアにTOC(Table of Contents=目次)があり、TOCには各曲のアドレスが書かれていて、各データブロックには、音楽情報と時間情報等のデータが書き込まれている。 プレーヤーに選曲の指示をするとTOC情報と各データブロックを使用して頭出しをするということになる。 ただ、P-0の場合にはちょっと事情が違っていた。P-0は先ずTOCがあるかどうかを見るのである。そして、P-0自身がTOCを作成するプログラムを内蔵しているので、独自にTOCを作りリードインしているのである。 なぜなら、前述のようにCDは線速度はディスクによってまちまちであり、そのピット情報を読み取ってから線速度を一枚ずつ判定して再生していたからである。 しかし、DVD/SACDは当初より各フォーマットによって線速度が決められているので、後はスピンドルサーボがトレースする位置に関係なく常に線速度を一定にするということであり、 これを言い換えれば内外周の違いによって回転数を変動させているということになる。 これから述べようとしているサーボと違うところは ディスクのコンディションに関わらず一定の線速度をあらかじめ決められた回転数で実行するということだ。しかし、次に述べる二種類のサーボはそんなに簡単ではない…!? さて、それでは次のサーボだが、図3と図4はディスクが面ブレを起こして回転中に上下に浮き沈みする挙動に対して対物レンズがどのように反応するかをイメージしたものである。 ディスクと対物レンズの間隔はわずか1mm、その間隔の中でDVD/SACDでは0.3mmも上下動してよろしいと言うことになっている。 ちなみに上記のようなディスクのフォーマットの選別をプレーヤーは自動的に行っているのだが、そのフォーマットの違いによって読み取るレイヤーごとに微妙にディスク面と対物レンズの間隔が違ってくる ということも追記しておく。 そして、CDでは何と0.5mmという標準の間隔の半分に相当する偏差があってもよいと言うのだからピックアップの仕事は大変である。これがフォーカスサーボである。 このように黄色の対物レンズである目玉がディスクの上下動に追随してひょこひょこと動くさまを想像して頂きたい。 それも、DVD/SACDの場合などは多いときには毎秒25回以上も繰り返すというとてつもない仕事をしているのである。当然そのために流されるサーボ電流も半端ではない。 アクチュエーターは電磁モーターであるので、そのコイル部分に電流を流せば当然ながら磁界を発生させ、この磁界はサーボの目的を達する役目の他にも色々な影響を周辺のパーツに与えるものと思われる。 また、ほとんどのメーカーのプレーヤーでは、このサーボ回路を駆動するのに使用している電源電圧が5ボルト、肝心なレンズを駆動するアクチュエーターに供給されているのも 12ボルト前後と意外に低いこともあり、サーボ量の増大が電源電流の乱れに一役買っている可能性も大きいのである。 そして、おそらくは1グラム以下と思われる対物レンズであるが、質量が存在しているのは事実であり、これを高速で動かせば当然慣性の影響を受けることになるであろう。 ということは、大きな振幅で動かせば動かすだけ、より大きなサーボ電流を流し込まないとトラッキングエラーを起こしかねないということである。 これらサーボ電流の乱れがノイズ成分を形成してしまい、システム内部のいたる所に悪影響を及ぼす。その象徴的なものがジッターと呼ばれるデジタル信号の時間軸に対するズレと揺らぎであり、 結果的にはアナログ系にも影響を与えてしまうのである。 さあ、それほど過激な上下動に対して打つ手はあるのか!? あった!!しかも、それは1987年という既に16年前に開発されたものである。 さて、ここで本随筆に始めてESOTERICの名が登場する。モデル名はP-1。 そしてこの言葉が流行語となる。“ VRDS ” (Vibration-Free Rigid Disk-Clamping System)である。 以降アルミダイキャストを亜鉛ダイキャストに変更し、更には真鍮とアルミの二重構造に、そしてターンテーブルを保持する軸受けブリッジ部を強化するなど現在のP-2sにいたるバージョンアップがなされてきた。 これらの改良でやっかいなフォーカスサーボのサーボ電流を従来の1,000分の1約60dBベルまで減衰させることに成功したのである。 また、逆に言えばVRDSを使用していないプレーヤーは毎秒25回もの目玉の運動が今も続いているという事実を思い知らされるのである。 さて、16年間というもの一貫してVRDSを搭載し続けるESOTERICであるが、もうひとつ重要なサーボに挑戦するのである。 それはトラッキングサーボであり、そのイメージを表現したのが図5と6である。 ここで再度思い出して頂きたいのはDVD/SACDでは幅0.3μmのピットは水平方向には何と333倍もの偏差で偏心が許容されているということである。 つまり外周に向けて50μmの偏心がある場合には図5のように黄色の対物レンズは斜めに首をかしげるように反応してピットに追随し、外周に向けても同様に図6のように反応するのである。 これがピーク・トゥ・ピークで100μm もあり、CDの場合には更に偏心の許容範囲は大きくP-Pで140μmというスケールになる。ピット幅0.3μmに対してであり、何度も述べているように、 その頻度は毎秒25回というサイクルの反復運動ということになる。 ここでもサーボ電流はフォーカスサーボと同様にアクチュエーターに帰還される電流は音質に悪影響を持ち始めるわけだが、世界中のどのメーカーも容認するしかなかった。 その必要悪とわかっていながらも誰もが黙認してきたトラッキングサーボの駆逐を世界で始めて可能にしたのが、1997年10月18日に私が始めて遭遇した元祖P-0である。 そして、トラッキングサーボを理解して頂くにはスレッド送りとの関連性が不可欠である。 それを象徴しようと一生懸命考えたイメージが図7である。 内周から外周へとピックアップ全体がトラックピッチというピット列の微小な間隔をトレースしながら、 CDでは1.6μm、DVD/SACDは半分以下の0.74μmというペースで、一周ごとにレンズが図7のように微妙に首振りをしながら進んでいくのである。 P-0ではフロントパネルのPROTECTというボタンを点灯させると、一般的なプレーヤーのように図7の動作をしていくのである。このときはトラッキングサーボのためのピックアップの光学系から戻ってくるサーボ用の差信号は対物レンズを動かすモーターシステムに帰還される。つまり、写真2に見られる微小コイルにサーボ電流は流されるのである。しかし、PROTECTをオフにすると…。 ここで図8をご覧頂きたい。 ここではアクチュエーターそれ自身が微妙にx軸に対して偏心と同期して動いているということを表したかったのである。 つまり、P-0のPROTECTをオフにするということは、サーボ電流が写真3で見られるアクチュエーターを載せている長方形のスレッド送り用の台座を駆動するステッピングモーターに流されるようになり、 偏心に追随してアクチュエーターそのものが周期的な運動をするようになるのである。従って、対物レンズはぴたっと静止したままでも偏心によるトラッキングのずれに対応できるようになり、 トラッキングサーボを使用しなくても偏差ゼロでピットに追随することが出来るようになったのである。 これを言い換えれば、対物レンズが常にほぼ静止してディスクに対して平行状態を保てるようになったということである。 世界中のメーカーが発想しなかったこと・出来なかったこと、“トラッキングサーボ”をこのように駆逐することで、ESOTERICはx軸y軸の両方において必要悪のサーボから開放されたのである。 さて、現在でもこの試聴室のリファレンスを務めるP-0sであるが、上記のようにVRDSと偏心制御によるサーボからの開放は確かにP-0の偉業とも言えるのだが、 CDフォーマットを前提にして究極を目指して設計されたP-0はあくまでも当時のベストを目指していたのだ。 CDのディスク自体の重さは18g、それをVRDSの270gのターンテーブルでホールドしてピックアップすることで前述のような快挙を成し遂げたわけだが、 このCDの14倍も質量のあるターンテーブルをDVD/SACDではCDの3倍から4.5倍という高速で回転しなければならない。 ディスクだけの18gであれば難なくこなせる回転数であっても、270gのターンテーブルをそれほどの高速回転で駆動するためのモータートルク、加速減速両方での制御はディスクの14倍以上となる慣性質量では 現在の技術では制御しきれないのである。 次に偏心制御のもうひとつの大きな要素であるトラッキングサーボだが、これをアクチュエーターを載せているスレッド送りの台座ごと偏心に追随させたのがP-0だったが、 前述のようにDVD/SACDではCDの3倍から4.5倍という高速で回転させなければならない。このような回転数で偏芯に台座ごとピックアップ全体を追従させようとすると、 非常に早い周波数でピックアップ全体が揺り動かされることになり、 中のレンズに大きな力(加速度)が加わりサーボが不安定になってしまう。 更にこの力に抗する様にレンズをピックアップ中心に保持させる為にはアクチュエーターに対し大きな電流を流すことになってしまう。 また、ピックアップを台座ごと早い周波数で偏芯に追従させて動かすこと自体慣性質量も大きいので、スレッドモーターに大きな電流が流れる。 通常の再生でこの様に大きなサーボ電流を早い周波数で流すことは、サーボを駆除するための技術を開発してきたことに逆行してしまう。 よってDVD/SACDなどの高速回転ディスクに対してはピックアップ全体での偏芯追従を行なうと、偏芯追従による効果よりも大きなサーボ電流の悪影響の方が顕著になってしまい音質的に好ましくないのである。 この点が回転数の低いCD専用機P-0との違いであり、これがP-0でDVD/SACDなどを再生できない最も大きなハード上での課題なのである。 さて、ここでP-0シリーズを日本で最も販売し、私の随筆でも最後に新世代フォーマットへのバージョンアップを匂わせるような記述をしていたことをしっかりと覚えており、 お客様にもP-0を推奨するときにコメントしてきたという事実がある。そこで少し釈明を述べさせて頂きたい。 まず、ハード的にはP-0の完成度を疑うものではないが、設計当時からバージョンアップに対応するための予備スペースを確保してあったということは事実である。 そして、上記のような技術的な課題を克服するための開発を多大な経費をかけてESOTERICに要請したとして、果たしてその成果がビジネスとなるのかどうかを違う側面で考えて頂きたい。 CCCDなどのコピーガードをソフトメーカーが続々と採用し始めたのも、複製による著作権の侵害という大きな問題を抱えているからである。 それは手軽で高品質なコピーができるコンピューターの普及とも関係しているものであり、著作権を守ろうというソフトメーカーを一方的に責めることはできないであろう。 しかし、駄作を買いたくないという消費者心理も私は理解するところであるから、これは当分平行線をたどる業界の問題であるといえる。 こうした背景のもとにコピーできないようにするという音楽メディアがSACDであり、それにかけるソフト業界の期待が大きいのである。 だからセパレート方式のSACDプレーヤーでトランスポートからデジタル信号をDSDで出力するということが認められないのである。 そんな背景でESOTERICはP-0でのSACD対応の偏心制御を可能にするための開発費をかけろと言われても、経営的に無理があろう。 ESOTERICができない…、ということではなく、彼らに開発させたとしてその使い道がないのである。これについては、長い目で見ながらその時代のベストな音を追求していくということで良いのではないだろうか? では、DVD/SACDという次世代フォーマットに対してVRDSを要するESOTERICは指をくわえて眺めているだけなのだろうか? いや!! P-0ほどの画期的な開発力を見せたESOTERICが、その持てる技術力を温存しておくはずがない。 |
3.VRDS-NEOの着眼点 これまでにサーボの原理を含めた光ディスクのピックアップに関する基礎知識を解説してきたが、 それではESOTERIC以外のメーカーではどのようなメカニズムを使用してDVD/SACDプレーヤーを製作しているのだろうか?ここでも数社のプレーヤーを取り扱っているが、その大半はあのS社が供給するメカニズムを採用して商品を作っていることは私も承知していた。 今回は、DVD/SACD用の実物を手にすることが出来たので、まずはその実態をご紹介する。 このピックアップに関する情報はあまりないのだが、外観からの観察で気が付いた程度だが述べてみることにする。写真4で全体像を写しているが、この画面での左右のサイズはちょうど10cmであった。重量を測ってみて驚いてしまった。160gである。P-0のターンテーブル270gよりも軽量ではないか!! 青いレンズカバー、黒いスピンドルのディスクホルダーともにプラスチック製であり、白黒のギアとラックアンドピニオンも同様である。裏返してみるとスピンドルモーターとスレッド送りのモーターが見えるが、両方ともMade in Chinaのシールが貼られている。スレッド送りのガイドレールは金属棒の一本を測ってみたら太さは約3mm、もう一方のガイドレールはこれらを載せている鉄板が兼ねており、その厚みで1mmであった。写真6は光学系のクローズアップであるが、白い縁取りのプラスチックレンズが右側のステーから4本の細いワイヤーで吊り構造となっている。対物レンズのかなり下に光源のレンズが見えているが、対物レンズとの距離は約8mm程度であろうか。対物レンズを指で触れてみるとかなりの稼動範囲があり、上下左右ともに結構大きなストロークで動くようである。 これまで述べてきたサーボのあり方からすると、かなり大きなディスク面の変動にも追随できるように多量のサーボが使用されるであろうことが推測される。 写真7はスピンドルシャフトをアップにしたものだが、この太さは約2mm程度であった。この上に18gのディスクが載せられて毎分1,500回転するときにどんなモーメントが働いていることだろうか? このシャフトのモーターの反対側の軸受けは写真5でも小さく見えているが、直径5mmほどのキャップがかぶせられている。 また、この写真でスピンドルシャフトが鉄板に接するところで斜めに細い棒状のスプリングで片方にテンションを与えられているのがお解りだろうか? 高速回転するシャフトがそれ自身で偏心を起こさないように応力をかけられているのである。 さて、このメカが現在輸入されているD社、L社などのプレーヤーに使用されているものである。それらのメーカーへの供給価格は明かさないほうが良いだろう…。 さあ、これで一般的なプレーヤーのメカとして予備知識が出来た。その次には…。 2003年9月7日、ESOTERICカンパニー社長の大間知 基彰 氏がぜひ見てもらいたいものがあるということで来訪された。そこで初めて手にしたのが新型VRDSメカニズムである。 写真8と9はスタジオで撮影された外観である。まずこのメカの重量が気になったが、何と6.3Kgもあるという。この重量がなぜ必要になったのか? その構成を私は分解して各方面から観察することが出来た。 先ず、このメカニズムからブリッジ部分をターンテーブルといっしょに取り外してみた。 ごく一般的な圧延鋼材であるSS400は加工性が良いため精密な加工が出来るが、この厚みが20mmの構造部品を持ち上げるときには指先で思わず力んでしまった。 たったこれだけでも重量は約2Kgあるというのだから驚きである。それが写真10である。 テーブルの表面に傷が付いてしまうということもあり、メカを置く時の安定性も考慮してカーペットの上で撮影した写真なので、下の素材が写りこんでしまっているほどの精度の高さであった。 このブリッジにCDのケースを乗せて厚みを表現しようとしたのが写真11である。 この写真10では見えていないが、このターンテーブルの下には強力な磁力を持つネオジウムマグネットを使用し、 高速回転でも長寿命の6個のステーターコイルを持つ三相ブラシレススピンドルモーターが格納されている。それが次の写真12である。 VRDS-NEOでは、このように回転系の磁気回路がターンテーブルの上に位置するブリッジに搭載されているため、ピックアップに磁場の影響を与えることが極めて少ないのも大きな特徴である。 さて、この写真の右下に見える部品はなんだろうか? まず棒状のパーツは何とVRDSターンテーブルのスピンドルシャフトである。この太さは何と6mm径であり、それを受ける軸受けに使用するのが隣にある精密級ボールベアリングである。 このボールベアリングを二個使用することによってシャフトの異なるベクトルに与圧をかけることができガタや軸ぶれを極限まで抑制しているのである。 何せピット幅0.3μm を正確にトレースするのであるから、そのおおもとの回転軸の位置関係の精度が要求されるのである。あ〜、どうしても他社のメカと比べてしまう…。 そのボールベアリングが軸受けを保持して組み立てられたブリッジ上面が写真13である。 4本のビスで強固に軸受けを固定する削り出し加工されたリングの厚みは、写真10で見られるようにCDケースの厚みほどもあり、 VRDS-NEOの頭の頂点とも言える回転系の精密さと剛性を追求する姿勢がうかがい知れるものである。 VRDS-NEOではスピンドルシャフトの太さ“6mm”とご紹介しているが、実はP-0も同様な太さであることを思いつき、 実感がわかないのでS社のメカの比較してみたのが写真14である。何ということか、この違い!! サーボの使用量を極力抑制することを目的としたVRDSはピット幅0.3μm のミクロの焦点をオントラックで正確に捉えるためには根本的にメカの精度がこれだけ求められるということであり、 逆に考えればメカのコストを省いてもサーボの使用量を増大させれば電子的には簡単にトラッキングできるという良い事例だろう。 カーオーディオやラジカセ、CDウォークマンなどはそのようにして音質を犠牲にしてトラッキングを重視する設計をしているということは目的とニーズに合わせて仕方のないことなのだろうが、 このシャフトの信頼性は思わず私を唸らせるものがあった。見て実感とはこのことだ。 さて、それでは写真14のP-0のターンテーブルであるが前述のように重量は270gであり、 それをVRDS-NEOとほぼ同じ重量と大きさの鋼鉄製のブリッジで支えていた。 そのターンテーブルは写真14で見られる金色の面が真鍮であり、その他をアルミで作られている。 シャフト周辺に緑色に一段盛り上がっている部分が強力なネオジウムマグネットである。 その裏面でディスクに接する面が写真15であるが、このグリーンはディスクの癒着を防止し、表面が変質しないようにコーティングしたものらしい。 そして、否応なく関心が高まるのがVRDS-NEOターンテーブルであるが、この重量は95gということだが、材質は剛性を維持しながらアルミニウムよりも比重が三分の二というマグネシウムを採用している。 私はマグネシウムというと、ついついSMEのフラッグシップのトーンアームSeries Vを思い出してしまう。 今までアルミが主流だった当時、それでなくても複雑な成型がしにくいマグネシウムをなぜ採用するのか? 当時発注しても中々入荷しないシリーズ5を羨望の思いで扱っていたことが懐かしく思われる。 そして、写真16をご覧頂きたいのだが、他のVRDSのターンテーブルがディスクのレーベル面に面接触していたのに対して、 VRDS-NEOのターンテーブルはディスクの内周と外周で円周状に突起させているリブでスタビライズしている。 これは写真15ではわかりにくいのだが、VRDSのターンテーブルは中心に向かってわずかにテーパーがかかっており、ディスクをクランパーが圧着すると周辺よりもセンターがわずかに沈み込んでホールドする。 さて、写真15でわかるように他のVRDSではターンテーブルは面でディスクと密着することによって、面ブレを解消し前章で述べているようにフォーカスサーボの使用量を極限まで低下させている。 しかし、VRDS-NEOではディスクとの接触面を写真16のように同心円状の2本のリブでディスクと接するようにしているのである。 これではディスクの信号面の振動を抑制し、平面性を追求するには面接触と比較して不利ではないのか、不安はないのかとESOTERICの開発者に質問した。 ところが、そんなことは既に測定済みであるという自信満々の回答がポンッと返って来た。 「証明出来るデータはないのか?」 と聞いたら、企業秘密なので公開しないことを前提に一枚のファックスが送られてきた。 他社のターンテーブルの精度と効果も同様な測定で分析していたという。 それはレーザー光線をターンテーブルに圧着したディスクという被験対象に照射して、その反射光で物体の二次元解析をする装置を使用してのものだという。 縦軸にミリ単位でのディスクの面ブレを示し、横軸はディスクの半径25mmから測定開始して半径55mmまでの範囲を測定しているものだ。 測定値が数値化されている表ではないので、折れ線グラフのドットをあくまでも私が読み取ったものである。 先ずはP-0に代表されるテーパー付きのVRDSメカのターンテーブルの測定結果。 測定開始点をゼロとして半径40mmまでほぼフラット、45mmから50mm地点でマイナス0.01mm、最終の55mm地点では、う〜ん…、ファックスの画質も良くないので正確には読み取れないが、 これは…マイナス0.02mmだろうか!? 次にVRDS-NEOのように円周状のリブ二本で接触するターンテーブルの測定結果。 半径25mmから30mmはほぼフラット、35mmから45mmまではプラス0.005mm程度、50mmから55mmまではほぼフラット。何と、リブによるライン状での接触の方が極わずかではあるが精度が向上しているのか!! ということで高精度な測定器でターンテーブルの形状変化に物理的な信頼性を既にESOTERICは確保していたのである。素人が要らぬ心配をしてしまったというエピソードである…。 また、写真15でも三つの穴が空けられているのが見えるが、これはターンテーブルにディスクが癒着してしまうことを防止する空気抜きである。 しかし、VRDS-NEOでは前述のようにCDとは比較にならない高速回転をさせるので、この穴も風切り音のノイズを発生してしまう。 それをVRDS-NEOでは写真のようにリブに滑らかな切り口で空気抜きを設けたということだ。 VRDS-NEOで採用されたレーザースポットの直径は1.33μm、このフォーカスサーボの使用量を極限まで押さえ込むためのターンテーブルは、 このような細かい配慮と高精度の加工技術で作られているということをぜひご理解頂ければと思う。 さて、このように精度を追求するためのターンテーブルとブリッジの構造物をどのように支えるのか、この剛性を確保するために使用されているのが、 写真8で最も高さのある側壁とも呼びたくなってしまう肉厚のベースである。 ここでもCDのケースの厚みと比較して頂ければ、その重厚さがご理解いただけるのではと考えたのが写真17である。 この両サイドのパネルは一部の雑誌ではブリッジと同じSS400が材質と書かれているが、確認したところ鋼鉄にニッケルメッキを施したものであるということが判明したので追記しておく。 次にブリッジを取り去った後のトレイを後方から撮影したものが写真16であるが、このトレイの肉厚をご覧頂きたい。 ちなみに、このトレイがフロントパネルに露出している部分の化粧パネルは取り外しができるようになっている。 実は今回のVRDS-NEOは既に海外のハイエンドメーカーにOEM供給することが決定しており、相手先のメーカーが自社のデザインをこの部分に施せるようにという配慮もあるという。 さて、この写真18ではVRDS-NEOの光学系が初めて露出してくるのだが、この段階ではカバーがかぶせられていて肝心のピックアップ内部を見ることは出来なかった。 その肉厚は何と16mmもあるという。そして、前述のターンテーブルとブリッジの剛性の極みをここまで追及しているESOTERICは、その心臓部であるピックアップを移動させる スレッド送りのメカニズムを載せるベースの構造になぜここまでこだわるのだろうか? そこにもESOTERICの独創技術があった。 写真23は写真21にパーツを組み込んだ状態だが、シャーシーとは違った銀白色の丸いキャップがESOTERICオリジナルのホール素子検出型3相ブラシレスモーターである。 この銀白色のキャップがローターであり、それを拡大したのが写真24である。 この3本のステーの両端の先端には、写真ではわかりにくいのだが0.5mm程度のごく小さな黒点に見える突起がある。これがホール素子である。 さて、このホール素子というのは1879年にアメリカの物理学者ホールによって発見されたホール効果(Hall effect)を応用したものだ。 長方形に成型された半導体に電流を流し、その電流の垂直方向に磁界を与えると電流が流れている方向と磁界の方向に対して各々に垂直な電圧が発生する。 その電圧をホール電圧と言うのだが、それをローターの回転角度の位置検出に応用したということだ。 図9と10はパイオニア株式会社からの引用だが、 実は同社は30年前のアナログプレーヤー全盛の頃にいち早くホール素子をダイレクトドライブ方式のターンテーブルの制御に取り入れていたものだった。 現在もその分野での研究と応用に関しては先陣を切っているようだ。 この図のように磁界のN極からS極に向かう左側の素子に発生する電圧がプラス方向に発生しており、磁束密度が高くなるにつれて電圧が大きくなっているということをご理解頂ければと思う。 さて、VRDS-NEOのスレッド送り機構にどのように応用されているかというと、写真22にあるカップ状のローターを裏返したものの内周に黒くリング状に取り付けられているのがマグネットであり、 N極とS極を各々8個ずつで着磁されている。 このリング状のマグネットの内面で上記の二個のホール素子が磁極の接近に伴って図9のような電圧を発生するのだが、 回転するマグネットの周期的な動きからホール素子に発生する電圧はきれいなサインカーブ(正弦波)を描くことになる。 これを専用のICで処理してモータードライバーに送り、速度帰還制御をしながら連続的に滑らかにピックアップを移動するのである。
今回のVRDS-NEOでは完全にアナログ処理で切れ目のない連続的な制御でピックアップを送っているが、スレッド送りでは偏心追随は一切行っていないのである。 では、トラッキングサーボの宿敵である偏心に対して、VRDS-NEOではどのように対抗策を講じているのだろうか? VRDS-NEOのピックアップで採用されたレーザースポットの直径はDVD/SACDは1.33μmだという。 それがピット幅0.3μm、トラックピッチはCDでは1.6μm、DVD/SACDは半分以下の0.74μmというピット列をあるときは目に見えないほどの微速度で、そしてあるときは数千本のピット列を瞬時にジャンプしての 高速アクセスを可能にしたのである。 では、実際にスレッド送りの仕事振りを肉眼で見ることが出来るのだろうか!? そんな単純なことを考え調べてみたら凄いことがわかってきた!! 写真22のESOTERICオリジナルのホール素子検出型3相ブラシレスモーターはスレッド送りでたった1mm移動するときには何回転するのだろうかということを計算してみると…? これは図7で表しているレンズの移動ということでイメージして頂ければわかりやすいかもしれない。 すると…? なんと、わずか0.1673回転しか回らないのである。スレッドを10mm動かしてやっと…、1.673回転という、かろうじてものさしではかれる程度の動きになるということである。 では逆にスレッド送りモーターが一回転したらスレッドは何ミリ動くかというと…、これもわずかに5.977mmという移動距離なのである。 ということは、モーターの回転角度を360度で考えてモーターの回転角度1度では0.0166mm、つまり16.6μmと言うことになる。SACDのトラックピッチは0.74μmということだから、 その距離の移動にはモーターの回転は1度の22.4分の1ということになってしまう。こんな超低速回転をしているモーターが存在するとは!? 次に第一章で述べている各フォーマットのディスクごとの回転数をもとに、SACDで最も回転が早くなる最内周でのスレッド送りの移動距離は内周でも一分間で1.0278mm程度しか進まないことになり、 分速1mm、秒速17.13μmということになってしまうのだ。 VRDS-NEOのスレッドモーターは回転角度1度の数十分の一という細かい回転制御ができるということが最大のポイントであり、前述している切れ目のないアナログ制御と速度帰還型制御という 二つのテクニックが超低速モーターを実現したということだ。 再度P-0の場合を考えると、“1回転で500ステップという超高精度なステッピングモーターを使用し、これを32ビットのマイクロプロセッサーによって更に20分の1に細分化しています。” ということは、ステッピングモーターの1回転を一万分の一の精度でコントロールしていたということだが、VRDS-NEOのスレッドモーターはアナログ制御のために 無限大の精度でモーターの回転を制御しているということになる。 ここでもうひとつ大きな事実がある。VRDS-NEOのスレッド送りはトラックピッチの進行に伴って、リアルタイムにピット列をジャストにオントラックで追随しているということだ。 言い換えれば、超低速で動き続けているということなのである。これが後述する偏心追随にも関係してくるのである。ちなみに他社のスレッド送りでは、 あらかじめソフトウェアで決められた間隔(メーカーによってまちまちだが…)恐らくは0.数ミリという距離をジャンプしてスレッドを送り、 ピットの読み取りが進行して停止しているレンズの真上を通過すると次の定点に再びジャンプするという停止と移動を繰り返しているということだ。 これも図7をご覧頂ければ理解しやすいものだろう。このように常にピットのトラックに従って動き続けるというスレッド送りはVRDS-NEOの大きな特徴なのである。 |
4.偏心制御の新解釈 それではP-0の血を引くというVRDS-NEOにはどのような秘密があるのだろうか? まず、ESOTERICが開発したVRDSを採用した他の機種で使用されているピックアップの実物、写真25を同社比ということで見比べて見たい。写真26がVRDS-NEOに搭載された軸擢動型のピックアップである。 一般的なピックアップは写真2でのP-0のアクチュエーターでも見られたように対物レンズをワイヤーで吊り構造としており、電磁モーターを構成している。 それは前述のサーボシステムを支える心臓部でもあり、レンズが中空に浮いているという構造がサーボにとって必要であったものだ。 しかし、何と写真26の軸擢動型と呼ばれるピックアップの対物レンズは蜂の巣のような剛性の高いケースに取り付けられているではないか!? レンズを自由に動くようにしておくことがポイントだと思っていたので、これは意外な構造であった。一体どうやって二種類のサーボを働かせようというのか? 好奇心旺盛な私は、そのピックアップのカバーを外しただけでは飽き足らずにレンズまで取り出してしまった。それが写真27である。 ここではレーザー光源も下に見えるが、ふとレンズに触れると何とフカフカと浮いているではないか!! 直ちにピンときた。レンズは独特な形のベースごと磁気フローティングしているのである。 このレンズを取り付けているパーツは樹脂を成型したものであり、写真でもわかるようにアクチャエーター本体から四芯のフィルムケーブルの配線がつながっている。 そして、写真27でピックアップのハウジングの周囲に4個のマグネットが取り付けられているのが見られる。 このフローティングしているレンズのモールドベースをハウジングに納めると、そのマグネットと対峙する位置にフィルム状のケーブルの先端に巻かれた微小コイルがあり、 そのコイルが磁性体として反応して浮力を持つようにしているのである。何と巧妙な作りであることか!! 私は最初に大間知 氏から“軸擢動型”という単語を聞いた時には、まったくその意味するところがわからなかったが、実物を分解しフカフカと主軸を保ちながら動くレンズを見てやっと理解することが出来た。 新しい偏心制御の理論がここにあったのだ!! そこで再度私の手作りの図11をご覧頂きたい。 構成要素は図1〜8までと同じであるが、対物レンズのレーザー光源の他に赤いガイドピンという軸と、それに連結するパイプを取り付けたベースを半透明の円筒で表現しようとしたものだ。 この時に図面の作画でうまく描けなかったが、半透明のベースは黄色い対物レンズのみにつながっているということをお断りしておきたい。 この極めてシンプルな図面でサーボのあり方を述べてきたが、まずディスク面が図3と4のように上下に面ブレした時にはどのように反応するかというと、対物レンズは赤い軸に沿って垂直運動をする。 しかし、この垂直方向のy軸の偏差もVRDSで極小に抑制されているということだ。 そして、図5と6のようにディスクの偏心でピット列がx軸の左右にずれてしまった場合には、赤い軸を中心にして対物レンズは円周上に沿った動きをして偏心に追随するのである。 内外周にピックアップが移動する際にも、この軸とハウジングごと動いていくということを表しているのである。 この時に最も肝心なことは図7のように対物レンズは斜めに傾くことなく絶えずディスクとの平行状態を維持するということだ。 ここで思い出して頂きたいのは前述しているようにVRDS-NEOのスレッド送りはトラックピッチの進行に伴って、ピット列を正確にオントラックで追随しているということだ。 それがあるからこそ、図11で対物レンズとレーザー光源が垂直に一直線となる光軸を維持しながらピックアップしていけるということなのである。 さあ、ここで前述していた大切なポイントが思い出される。 図8のP-0による偏心制御の結論として述べていた次のポイントである。 「対物レンズが絶えずディスクに対して平行状態を保てること!!」 これが表現方法を変えたP-0の偏心制御の結論なのである!!これを理解されたあとで、次の図12をご覧頂ければ更なる説明が不要になるだろう。 P-0ではスレッド送りの重量級のベースがステッピングモーターによってピックアップそのものを偏心に追随させた。 しかし、VRDS-NEOでは、ほんの数グラムというモールドベースとレンズを100μmほど高速で動かすことで、あのP-0と同じ偉業を成し遂げたのである。 余談であるが、私はこの原理を理解した時にすぐ思い出したものがあった。“Dynavector”のトーンアーム『DV-507MKII』である。なぜか? トーンアームの剛性を可能な限り高める構造を採用し、その質量を大小の二つに分けることでレコード盤の大きな周期のソリにはアーム全体が反応して上下動し、 一周のうちに数回発生する盤面の起伏には先端の軽質量のサブアームだけが反応する。一秒間に半回転しか回らないレコードに対して、その音溝とカートリッジの磁気回路との距離を絶えず一定に保つという原則を カンチレバーという針先からの応力の反応に対して合理的な設計をしたものである。 今回のVRDS-NEOという究極のメカニックは、ベースとシャーシーにミクロンオーダーの精度を求めるための剛性を与え、ピット幅0.3μmの数百倍という偏差を結果的に数グラムのレンズを極めて敏捷に、 そしてレンズ面から照射されるレーザー光線が絶えず垂直にディスクに当たるように、P-0とは違ったアプローチで偏心追随に成功したのである。 アナログ時代からの発想の共通点もはっきりしている。それは動いていいところと絶対に動いてはならないところがメカニックの中にはあるということだ。 では、これらの超精密なメカニズムを搭載するボディーはどのようにまとめられたのか? この写真29ではメカニズムをコンパクトに格納した本体のレイアウトがわかるが、25Kgという重量がVRDS-NEOの6Kgを差し引いても相当重厚なボディーを持たせたことがわかるだろう。 そして、写真30がX-01のリアから見たところだが、ボトムプレートは何と厚みは5mmの鉄板を使用しており、そこに取り付けられているのがピンポイントフットPF-1である。 この三点支持によってメカニカル・グランディングをとっているのである。 実は、この特殊なスパイクフットの商品化にも私が一枚かんでいたというのも、今だから明かせるエピソードである。 さて、メカニズムの追求が音質に貢献するという事実を歴史的に証明してきたESOTERICだが、動いてよいところと絶対に動いてはならないところがあるのがメカニズムであったわけだが…。 それではVRDS-NEOという新機軸を搭載したESOTERIC X-01(UX-1)は、私の心を動かすことはできたのだろうか!? |