《H.A.L.'s 訪問記》


No.0004 - 2008/5/8

東京都台東区 Y.K 様-H.A.L.'s 訪問記

Vol.4「あー!!こっちの方がいいですね。すっきりはっきり聴こえますよ!!」

2008年5月某日、Y.K 様のご住所をパソコンに入力して地図を検索していた。
今回は私が使っている常磐線の沿線のJR南千住駅が近い。長年通勤で通り過ぎ
るだけだった駅に初めて降り立った。

折りしも降り出した雨が湿度を高め、まだ五月だというのに歩いているとワイ
シャツ姿でも汗をかいているのがわかる。まっすぐ行けば言問橋という人気の
なくなった大通りを浅草方向にひたすら歩を進める。

今までに読んだ時代小説の舞台となっている浅草や吉原に近く、江戸時代から
続く多くの寺社が小さな路地奥に数多く残っている下町情緒あふれる街並みだ
が、ゴールデンウィークのはざまで雨模様の寒い夜は閑散としている。

昔ながらの下町の居酒屋の明かりが歩道に広がり、私がさした傘の隙間から
思わず飲み語らう人々の表情をうらやましげな視線でスナップショットして
通り過ぎる。地図で見るとほんの数センチの道のりが15分以上かかるとは思い
もしなかった。

小雨が風に舞い顔に吹きかかるのか、それとも汗なのか。ハンカチで顔をぬぐ
いながらコピーした地図を頼りにY.K 様のお宅を目指した。
事前の電話で「その角を左に曲がって二軒目」というご案内に従い、Y.K 様の
表札をぴったり見つけることができた。

この近所にある実家の一室でシステムをセットしていたが、ご結婚を期に新居
を新築され、遮音・防音設計のホームシアター兼オーディオルームを二階に
作られたもの。玄関先でのご挨拶もほどほどに、早速お部屋にご案内頂くと
このような光景がドアの向こうに広がっていた。

http://www.dynamicaudio.jp/file/080503/55.jpg
http://www.dynamicaudio.jp/file/080503/61.jpg

ずっと以前から電源環境には大変なこだわりを持つY.K 様は、この二階の一室
を設計するに当たり、室内にもう一つの部屋を作るという二重構造の壁とした。
しかし、その二重壁の間隔を大きくとり遮音性を高めようとすると室内面積が
小さくなるという宿命から、ぎりぎりの線で壁の厚みを設定し実質的には14畳
を少し下回るサイズとなったという。

そして、こだわっている電源の屋内配線にも線径の太い良質なものを200Vも
含めて贅沢に取り込もうとしたが、配電盤を直近にして室内に設置するという
希望を優先させると、どうしても露出配線になってしまったという。上記の
フロントスピーカーの右側に何と配電盤があり、直接電源を引き出していた。

http://www.dynamicaudio.jp/file/080503/67.jpg

電源システムは下記の中でも記しているが、いったん床面に落とした各系統の
電源ケーブルが我が物顔でうねっているところが大胆と言える眺め。これまで
にお買い上げ頂いた電源ケーブルは世代変わりを繰り返し、私が推薦してきた
各時代のケーブルで三世代目がこの↓ように贅沢に使われている。

http://www.dynamicaudio.jp/file/080503/60.jpg

下記に記しているMARKLEVINSONのアンプはすべて納品時点で200V仕様のご指定
を受けてお納めしたものであり、あくまでも自己責任にて使用されるというこ
とを前提に極太のケーブルで赤いマークで印をつけたコンセントにダイレクト
にアンプを接続している。

ちょうど一年ほど前にY.K 様から頂戴したメールでは次のようなエピソードを
ご報告頂きましたので、この折にポイントをご紹介しておきます。

「新築に引っ越して二ヶ月たち電源事情が変わって、やっと最近電線とG-0
 (JORMA DIGITAL BNC 24cm)のエージングも済んで来たみたいで、高・低域と
 も充実して来ました。しかし、ただ一つ変わらない事が有りました。

 前に実家でAC DOMINUSを壁コンセントから延長コードとして使い、PLMMを
 通して各機器に接続すると、素晴らしい音質に変化したのです(我が家だけ
 かも)特にプリアンプへ接続した時は良かったです。

 まさか新築は電線も最近の素材だから、音の変化は無いだろうとDOMINUSを
 外して聴いていたのですが、何か物足りなくなり 壁コンセント→DOMINUS
 →PLMMにすると素晴らしい音に変化しました。
 もし興味が有れば川又ルームで試してみて下さい。」

私は、この意味がちょっと分からなかったのですが、今回の訪問で初めて見て
なるほどな〜と思ったものです。

先ず、壁コンセントにAC DOMINUSを接続し、その本来はコンポーネント側と
なるインレットプラグを差し込むことができるコンセントボックスを自作され
たのでした。上記の写真の中でクリーム色のボックスがそうです。

そのコンセントボックスは壁コンセントと同じ差し込みがあるので、再度そこ
にTRANSPARENT PLMMを接続し、一つのコンポーネントに対して二種類の電源
ケーブルを直列で使用するという方法なのです。これは私も初めてでした。

では、そんなこだわりのシステムをご紹介しましょう。


    ◆H.A.L.'s 訪問記-Vol.4 台東区 Y.K 様システム構成◆

       □ Front Channel System □

Timelord Chronos(税別\1,500,000.)
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/151.html
本体の画像はこちら→ http://www.phileweb.com/ec/index.php?p=4101
下記はTimelordが作成したChronosの説明書から仕様を転載したもの。
http://www.dynamicaudio.jp/file/070624/chronos_manual.doc
     ↓
ESOTERIC 7N-DA6100
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/7nda6000/index.html
     ↓
ESOTERIC G-0(税別\500,000.)→ESOTERIC D-01×2+ESOTERIC P-03Universal 
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/g0_g0s/index.html
     ↓
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA BNC×4  
      ↓
ESOTERIC P-01(税別\2,200,000.)
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/p01_d01/index.html
      ↓                                          
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA AES/EBU×2            
      ↓                                          
ESOTERIC D-01(税別\1,100,000.)×2
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/p01_d01/index.html
        □以上のPower equipments□ 
200V→100V Stepdown transformer×2→PAD AC DOMINUS PLASMA×3→    
TRANSPARENT PIMM×3→TRANSPARENT PLMM×6
      ↓                                         
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA XLR                       
      ↓                                        
MARKLEVINSON No.32L (税別\3,700,000.)
http://www.harman-japan.co.jp/product/marklev/no32l.html
        □Power equipments□
200V Direct→PAD AC DOMINUS PLASMA×6 →TRANSPARENT PLMM×6
      ↓                                         
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA XLR                        
      ↓                                         
MARKLEVINSON No.33HL (税別\3,200,000.)  
        □Power equipments□
200V Direct→PAD AC DOMINUS PLASMA×6 →TRANSPARENT PLMM×6
      ↓
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA V-BIW  
     ↓
REY AUDIO RM-11B(現在はBCタイプでペア税別\3,760,000.)and Pioneer PT-R7A 
http://www.reyaudio.com/index.html


       □ Center/Rear Channel System □

Timelord Chronos(税別\1,500,000.)
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/151.html
本体の画像はこちら→ http://www.phileweb.com/ec/index.php?p=4101
下記はTimelordが作成したChronosの説明書から仕様を転載したもの。
http://www.dynamicaudio.jp/file/070624/chronos_manual.doc
     ↓
ESOTERIC 7N-DA6100
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/7nda6000/index.html
     ↓
ESOTERIC G-0(税別\500,000.)
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/g0_g0s/index.html
     ↓
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA BNC
      ↓
ESOTERIC P-03Universal(税別\1,600,000.)→V Signal---Victor  HD-61MD60
http://www.teac.co.jp/audio/esoteric/p03universal/index.html
      ↓                                          
THETA DIGITAL CASABLANCA 2 (税別\2,338,000.) 
        □以上のPower equipments□ 
200V→100V Stepdown transformer×2→PAD AC DOMINUS PLASMA×3→    
TRANSPARENT PIMM×3→TRANSPARENT PLMM×6
      ↓                                         
PAD Signature Series DOMINUS PLASMA XLR                       
      ↓                                     
MARKLEVINSON No.434HL (税別\800,000.) ×3
http://www.harman-japan.co.jp/product/marklev/no434l_436l.html
        □Power equipments□ 
200V Direct→PAD AC DOMINUS PLASMA×6 →TRANSPARENT PLMM×6     
     ↓    
REY AUDIO K-Monitor KM1V (税別\390,000.)×3
http://www.reyaudio.com/index.html
http://www.reyaudio.com/small.html#Anchor247042

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/fan/hf_visi0002.html

上記のようにマルチチャンネルシステムを組まれているのは渋谷区 A.A 様も
同様ですが、私のSound checkはフロント2チャンネルによる音楽再生の音質を
中心に行っているものであり、今回の訪問でもY.K 様はそこが気になっている
ところで、ご自身のシステムの音質を診断して欲しいというものでした。
そこで、先ず私はいつもの選曲で聴きはじめたものですが…


■マーラー交響曲第一番「巨人」小澤征爾/ボストン交響楽団第二楽章

このオーケストラを聴き始めて、しばらく経ってから思い切ってY.K 様に確認
をさせて頂きました。

「Y.K さん、クラシックは全くと言っていいほど聴かないんでしたよね!?」

私もREY AUDIOのスピーカーは15〜16年くらい前に当時のとなりのビルの7Fに
持ち込んで聴いたり、作者である木下氏の自宅試聴室を訪問して聴かせて頂い
たりという経験がありましたが、それから10数年の間に聴いてきた多数のハイ
エンドスピーカーたちと比較して、どうしてもクラシック音楽の演奏では本領
を発揮しないスピーカーなのではと思い続けてきたからだった。

だから、今夜聴かせて頂いたY.K 様のシステムにおいて、クラシック音楽が
うまく鳴るような方向性でのチューニングをすること自体が、そもそもY.K 様
のご要望に一致するものかどうかという優先順位を考えると、いつものように
多様な種類の選曲をまんべんなくこなす…という考え方は今回は必要ないので
はということをY.K 様に確認したかったものだ。するとY.K 様は…

「ええ、いいですよ。クラシックは全く聴きませんから!!」

と、あっさりとご返事を頂き気持ちがすっきりして楽になりました。それでは、
と持参したいつものディスクで、このシステムの長所をしっかりと引き出して
いこうと考えたものです。


■“Basia”「 The Best Remixes 」からCRUSING FOR BRUSING(EXTENDED MIX)
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Arch/ES/Basia/
http://www.basiaweb.com/
http://members.tripod.com/~Basiafan/moreimages.html#remixes1

「音量は夜中でもがんがん鳴らしても大丈夫なので、遠慮なく上げて下さい」
と、おっしゃるY.K 様の言葉に甘えてプリアンプのリモコンを押し続けた。

2wayのREY AUDIO RM-11BとスーパートゥイーターPT-R7Aのつながりが楽音の
質感にどう関係しているのだろうか、という各論での追い込みはオーケストラ
での弦楽器群の音を聴いた時にある程度見切りをつけ、ポップなスタジオ録音
では微細な音色の追求よりも全体像としてメインスピーカーの使いこなしと
いう局面で発想することにした。だから、この曲の冒頭から一貫して一定の
リズムを叩いているサンプリング音源によるドラムの低音に集中して聴くこと
にしたものだった。

先ず、ホーン型でありおなじみのTADドライバーTD-4001と40cmウーファーの
TL-1601bというシンプルな構成のRM-11Bは現在ではRM-11BCという形式に変更
されているが、基本的には音質傾向は同様な流れを汲むもの。このスピーカー
のクロスオーバー周波数は色々と調べたが公表されていないようで、2wayと
いう構成から私の推測ではウーファーの上限とドライバーの下限を考えると
恐らくは500Hzから600Hzくらいに設定されているのではないかと思われる。

サンプリング音源による合成されたドラムの音とは言え、その質感は複雑な
高調波の塊であり、であるがゆえに再生するスピーカーによってコロコロと
音質が変わる。そのケーススタディーをどのくらいのレベルで、どのくらいの
回数をこなしてきたかで予想される再生音のいわばスタンダードというか変化
の範囲を想定することができるようになり、この曲のこの録音はこうあるべき
というエッセンスが私の記憶の中に発酵作用なしでの音の醸造という経験則が
出来あがってきた。

次第に音量を上げながらドラムに注目しているが、やはりこのスピーカーは
ポップミュージックのためにあるのか…と思わせるダイナミックな鳴りっぷり
が爽快である。ドラムの連打を聴きながら私はしきりに自分の耳の位置を変え、
何かが引っ掛かるな〜、と思い始めていた。

日頃Y.K 様が聴いておられるというソファーの真ん中に腰掛けた私は、自分の
上体を上下、前後に動かして打音と一つ一つの質感が耳の位置によって変化し
ているのを確認した。

「あら、ドラムの音が二種類出ているぞ!! これはどういうことかな〜」

ソファーにゆったりともたれかかって深く腰掛けた耳の位置から、上体を前に
傾けてスピーカーに接近させていくと、その変化量が大きくなる。スピーカー
から遠い深く腰掛けた距離では耳を上下しても大きな変化はないが、かがみこ
んで耳を1メートル程前方に移動させると、頭を上下させて耳の高さを10p
ちょっと変えるだけでドラムの音が驚くほど大きく変わるという現象を発見。

耳の位置が低い方が低域の音圧感があり、ドラムのインパクトが二基の40p
ウーファーが緊密に同期するようにぴったりと打音の開始点を時間軸のグラフ
にプロットを描くように展開する。しかし、少しずつ耳の位置を高くしていく
と重量感が目減りして明るくなる方向に変化し、ドラムの高調波成分が目立つ
ような印象を受け始める。軽くなるが賑やかに聴こえるということだろうか。

しかし、どっちが正しいのか? いや、いいのか?という疑問が頭をよぎるが、
まだこの局面では結論は出せない。このように発見したひとつのプロットが
どのようにつながり、一つの傾向と対策にまで発展させていくのか、ここから
がプロフェッショナルとしての腕の見せ所ということになっていく!!

打楽器での低域の分析と並行して、私はBasiaの声質にも耳の位置関係で変化
があることに気が付いた。そして、チェロも…、おいおいベースもか!?
ホーンが発する中・高域の音波とウーファーの発した音波が空間でミックス
されるわけだが、そのポイントと耳の位置関係に何らかの因果関係があると
いうことが捨て置けない事実として私の頭にインプットされていった。

「この曲は面白いですね〜」と傍らで聴いていたY.K 様の言葉にうなずきな
がら、ここで発見したことにどのような意味と根拠を持たせるか!!

ようし、次はこれだ!!


■DIANA KRALL 「LOVE SCENES」11.My Love Is(MVCI-24004)
http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/diana/disco.html

冒頭から始まったDIANA KRALLの指を鳴らす音には、今回はそれほどの注目を
せずに最初からクリスチャン・マクブライドのウッドベースに集中していく。

ピッチカートの弾けるインパクト、その後に続く開放弦のダイナミックな響き。
それが重量感という音像の中身を問う観察眼と、輪郭表現という解像度を問う
見方の両方があるが、私は前回同様に耳の位置を何回も移動しながらもっぱら
ドラムのチェックで感じた変化をこのケースにあてはめようと、ウッドベース
の質感の変化を記憶していった。どこかに類似項があるはずだと…。

「引いて聴くとドラムと同じようにウッドベースの質感が軽くなる…というか
 何だか不純物が混ざっているような違和感があるな〜。そして、前方に乗り
 出して接近した方が純度が上がるような気がする。もしかして!?」

一瞬に叩き出すドラムとは違い連続して低音を放射しているベースの音質も
やはり位置によって大きく変化している。そこまで確認してから思い切って
私はソファーの前に置いてあるオットマンに腰掛けて更にスピーカーに接近
することにした。そうしたら…!?

「あら〜、この方がいい!!各パートの質感がクリアーになってるぞ!!」

そして、背もたれがないので背筋を伸ばして聴き、前かがみになって聴くと…

「あっ!!この変わりようは何なんだ!!」

前曲でもスピーカーに接近するほど耳の高さによっても楽音の質感が変わると
いうことを確認していたが、オットマンに腰掛けてドライバーTD-4001がある
RM-11Bのウッドホーンの底辺あたりを境目にして、その高さからの上下で耳の
高さが変わると前曲で体験した変化量よりも更に大きな違いがあった。

ウッドベースの音だけに集中すると前かがみになって耳の位置を低くした方が
やはり混じりけのない低音という音圧感と重量感が好ましく思える一面がある。

しかし、今度はDIANA KRALLのヴォーカルが入ってきてからも私はバランスを
意識して聴き続けると、ある程度はスーパートゥイーターの縦方向の指向性の
範囲内でありドライバーの存在感をもっと感じることができる耳の高さの方が
ヴォーカルの情報量としてのリヴァーヴの拡散と消滅までが空間表現の大きさ
として感じられることが実感されてきた。

「これだな〜、このポジションが正解だろうな〜!!」

ホーンスピーカーは少なからずリスナーに直接音を届けようとする設計方針で
あり、REY AUDIOのようにスタジオモニターという前提が一般家庭においても
素直に音質の特徴として発揮されている。

スタジオモニターの役目としては、実際に演奏しているスタジオ内部ではなく、
俗にいう“副調室”つまり、ミキサーやプロデューサー、アーチストたちが
録音された音質を確認するために、ミキシングコンソールの周囲に集まって
一緒にプレイバックを聴くという局面でその性能を求められる。

つまり、複数の人間が横並びになってモニタースピーカーと対峙した時に、
それらの人々に均一な周波数特性の再生音を聴かせるということだ。だから、
ラージモニターと言われるスピーカーはホーン型が多く、水平方向にフラット
な周波数特性を提供し、かつルームアコースティックに影響を受けないですむ
直接音を複数の人たちに届けるような性格を求めて設計されるのである。

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/oto/oto51-01.html

私は上記の随筆の中でAvantgardeのSpherical hornについて述べているが、
これは垂直水平方向共に開口部の拡散角度を180度としており、あらゆる角度
に均一な放射パターンを求めているというものだった。だからこそ、私も認め
たホーンスピーカーであり、その魅力を随筆の中でも述べてきたものだった。

しかし、前述のようなスタジオの“副調整室”という環境では、モニター
スピーカーの前面には大きなミキシングコンソールの背面が床からそそり立つ
ように設置され、モニタースピーカーが垂直方向まで指向性を拡大しても大き
な障害物となるコンソールなどに不要な反射波を発生させるだけとなってしまう。

だから、逆にモニタースピーカーとしては水平方向の指向性は拡大しても垂直
方向では高域までフラットレスポンスな放射を行わないようにという配慮も
あると言える。私の目測でざっとRM-11Bの前面から3メートル程の距離では
この影響が顕著に表れていたということだろう。直接音をしっかりと受け止め
ようとする聴き方ではスピーカーとの距離と耳の高さということが、基本の
見直しということで確認された。この傾向をどうするかがアドバイスの要点だ。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

私は自分が判断した音質の違いをY.K 様にも同じ条件で体験して頂こうと、
いつものソファーの位置と、ざっと1メートル少し前方のオットマンの位置で
前述の二曲を同じように聴き比べて頂いた。そして、大切なことは私が結論を
先に述べてから比較試聴して頂くのではなく、まったく前置きなしにY.K 様に
二種類の音質を体験して頂き、ご本人の感性でどちらが好ましいかを判定して
頂くという自己診断を行うことだった。果たしてY.K 様はどう判断されたか?

「あー!!こっちの方がいいですね。すっきりはっきり聴こえますよ!!」

と、Y.K 様は笑顔と共に私の判断と全く同じ答えを発見して下さった様子です。
はい、そうですね。と答えた私はなぜか? ということを説明していきました。

まず、前述のようなモニタースピーカーの性格ということをお話ししながら、
私は自分で声を発しながら室内の色々なポジションを移動していきました。

上記の写真のように遮音防音ということに専念して部屋を作られたわけですが、
音が出て行かない入ってこないという意味での遮音特性は確かに良いと思います。
しかし、音が出て行かないということは音波のエネルギーは室内に反射を繰り
返し残響時間が長くなるということを意味します。そこで私は壁面をノックす
るように叩いてみると恐らくはべニア合板かと思われる木材パネル特有の打音
がします。つまり、内装仕上げ面の壁の後ろに空間があるということです。

壁面の建材の質感によって叩いた時の打音は変わりますが、このような状態で
すと壁面から跳ね返る一次反射音は打音の性格に類する変調を音波に及ぼしま
すので、反射音の周波数特性は直接音のそれに対して低域は吸収傾向にあり、
高域になるほど反射効率が良くなってきます。つまり、反射音の質感は俗に
言うハイ上がりな音質傾向になって耳に届いてくるということです。

その証拠に、私は思い切って部屋のコーナーに頭を接近させて言葉を続けると
私が発した声の残響が大きくなり、室内に声の余韻が響く時間が長くなってい
く変化をY.K 様にご理解頂きました。そして、残念ながら定在波も少し発生し
ているようで、ハンドクラップの音、つまり手を叩くとビィーンと共鳴音が
発生しています。これも室内の音響特性として考慮しなければいけないことで
しょう。

それから私は自分の口許をスピーカーの真上でスーパートゥイーターの近くに
持って行って言葉を発しました。コーナーの深いところよりは軽減されますが
まだ私の声には不要なエコー成分が乗っていることが感じられます。つまり
二次反射音、三次反射音という数段階の残響成分が加わっているということが
現在のスピーカーの置き場所においても確認できたということです。

そして、部屋の真ん中くらいに歩いて来て同じように声を出し続けていると、
やっとここで自分の声が一次反射音だけで余分な響きを実用レベルまで軽減
出来てきたということをY.K 様にもご理解頂けたものでした。

私は、このように皆様のお宅を訪問するSound checkとは品物を売り込むため
に行っているわけではありません、ということをY.K 様にもお話ししました。
一切の費用をかけずに高価なオーディオシステムが本来あるべき能力と魅力を
発揮してくれるような環境設定のために行っているものなのです。

ですから、今回のY.K 様のケースでも先ずはスピーカーのリプレースメントと
いうことをお試し頂けるようにアドバイスしました。確かに室内空間の使い
こなしとしては少し不合理ですが、せっかく10年以上もご愛用になっている
REY AUDIO RM-11Bなのですから、このスピーカーの性格を生かすということは
純粋な直接音を先ず優先的に耳に届けるようにしましょうという提言です。

「思い切ってスピーカーを手前に1メートル引き出して下さい。それはY.K 様
 のリスニングポジションを前方に1メートル移動するのと同じことであり、
 このスピーカーの設計目的のように直接音をより多く聴きとるということで
 もあります。

 同時に部屋のコーナー近辺で私がしゃべった時のような不要な反射波の影響
 を少しでも回避するということでもあり、距離の二乗に反比例して減衰する
 という音波の性質を考えれば一次反射面となる壁面から音源を遠ざけること
 が再生音の解像度を上げることにもつながりますから。

 奥様がスピーカーの配置を手前に移動することに反対されたら、今やった
 ような位置による変化の実験を奥様にも体験して頂いて下さい。そして、
 もう一つの方法はソファーの位置を前方に移動すればスピーカーとの距離感
 によっての直接音の割合は多くなりますから、課題の一つは解決できるもの
 です。でも、スピーカーという音源と一次反射面となる壁面との関係は変わ
 らないので、一次反射音が直接に悪さをして先ほどのような音質変化をもた
 らすということからは回避できません。」

では、スピーカーの位置もリスニングポジションも両方とも変えたくないと
いう場合にはとどうしたらいいのか? 解決策はあるのか?

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/415.html

そのような場合には上記に述べているようにQRDの出番となります。しかし、
私の訪問は商品の売り込みではないので、Y.K 様にはさらっとお話ししました
が、前述のスピーカーの位置とリスニングポジションの両方を変更した際にも
室内の残響時間を最適化するということには大きな貢献があることを保証しま
すので、電源へのこだわりと同様に今後の課題として頂いて良いと思います。

オーディオシステムで最も音質の支配力があるのはスピーカーです。
同時に使いこなしの基本と言えるのがスピーカーのセッティングであり、
それは位置的なものとスパイクなどの機械的な設置方法が先ず優先されます。
高度なテクニックとしては次の段階でスピーカーのコンディション作りとして
フロントバッフルの傾斜角度などもあり得ます。これなど↓良い事例でしょう。

http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/547.html

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

さて、スピーカーのリプレースメントとリスニングポジションの関係に方針が
見え始めたというアドバイスから、これまでに聴かせて頂いた印象でもうひと
つ気になっていることがあった。40cmウーファーを搭載するREY AUDIO RM-11B
なのに、私の基準からするといま一つ低域の質感が軽いのである。日頃ここの
試聴で聴いているスピーカーたちのように、もう少し沈み込むような重量感が
あってもよさそうなはずである。そこで、また思いつく実験をしてみようと
Y.K 様にこんなお願いをしてみた。

「すみません、ちょっとほこりがついてもいいようなタオルや毛布みたいな
 ものをできれば四枚お借りできませんか?」

ちょっと待って下さい、とおっしゃるY.K 様は隣室からタオルをお持ち頂いた。
そのタオルを丸めてRM-11Bの大きめなバスレフポートの一つに突っ込む。
次にセロテープとCDケースをお借りして、もう一つのポートの前面に穴を
ふさぐようにして貼り付ける。

これでRM-11Bの二つのポートのうち一つをタオルで緩やかにダンプして、もう
一つをCDケースでふさぐというお金をかけない変化を与えてみる。
そして、上記にて述べているようにRM-11Bの直接音をなるべく多く聴き取れる
ポジションということでオットマンに腰掛けて先ほどのウッドベースの質感に
変化が表れるかどうかを観察する。

「うん、微妙という程度ですが、この方がベースの解像度が上がったように
 思えますね。余分な音が少なくなってベースの質感がすっきりしました」

これはY.K 様にも確認して頂くためにポートチューニングをやった音を私と
同じように聴いて頂き、直後にタオルとCDケースを取り外して以前の状態に
戻すという実験にて比較して頂き、ご本人にも変化のあり方を感じとって頂い
たものだ。

ウーファーのfo、エンクロージャーの容積、バスレフポートの中の空気の容積
などを既に解明されている公式にあてはめて計算するとポートの共振周波数が
導き出されるものだが、当然スピーカーメーカーのプロフェッショナルたちは
これらを知りつくした上で設計しているわけなので私のレベルで異論などあろ
うはずがない。しかし、スピーカーの設計者たちには設計方針のパラメーター
の優先順位を自分なりに決定していくもので、そこに各社の個性が表れる。

木下氏は彼がパイオニア在籍当時から存じ上げているが、REY AUDIOの追求す
るスピーカーのあり方というものはスタジオモニターという前提で各種の設計
項目の優先順位を決定してきたものなのだろう。

そして、密閉型キャビネットの低域特性はバスレフ方式のようにポートの共振
周波数で低域にピークを作り、より低い周波数まで再生帯域を伸ばそうという
ことではなく、だら下がりに自然な減衰特性で下限の再生周波数はかなり低い
ところまで伸ばしていくことができる。しかし、密閉型ではキャビネット内部
の空気によってウーファーのダンピング効果が発生するので、ウーファーの
トランジェントを多少犠牲にする傾向もある。一般的にはヌケが悪くなるとい
う表現になろうか。

また、ポートという空気穴を開けてあげれば逆にウーファーの反応は良くなる
傾向となるが質感が軽くなるというバランス感覚の判断になる。そこで、私が
いたずらしたのはダンプド・バスレフというもので、バスレフポートの共振
周波数は変わらないが空気の流通量を制限することで密閉型の質感を少し取り
入れて重量感をもたらし、タオルのように完全に密閉するのではなく空気が
抜ける要素を残しておきウーファーの反応が鈍らないようにするという調整
方法である。

更に、このようなエンクロージャーの役目と機能性という音質に関わる要素
では、次のような性格も実ははらんでいる。

既に上述していることだが、2way構成のRM-11Bではウーファーとドライバーの
クロスオーバー周波数は推測で500Hzから600Hzくらいだろうと思われるのだが、
このような場合にはスロープ特性を相当急峻にしてハイカットしてもウーファー
からヴォーカルの一部分やミッドレンジの信号が多少は漏れ出てくるものだ。

つまり、言い換えればウーファーの後方には中・高域の信号がわずかずつでは
あっても放射されているということであり、それが四角いエンクロージャーの
内部で変調された上でパスレフポートから出てくるという現象がある。本来は
録音に含まれていない、このようなスピーカー内部から迂回してくる不要な音
の出口をふさいでやろうという意味もある。

これもお金を使わない調整方法と一つとしてY.K 様にも体験して頂き、わずか
でもウーファーのダンピングがよくなり低域の質感が改善されたということで
ご確認頂きました。シンプルな設計のスピーカーだけに、使い手のノウハウに
反応してくれるということ、また今まで何も手を付けていなかったチューニン
グポイントをY.K 様にもお教えできたということで私もほっとしたものでした。

            -*-*-*-*-*-*-*-*-*-

しかし、時間がたつのは早いものですね〜(^^ゞ

私がルームアコースティックに関して簡単にわかりやすく、実演を含めて解説
しているうちにあっという間の二時間が経過してしまいました。夜分遅くまで
お付き合い頂きありがとうございました。

当日のご感想や、その後のご報告など頂けましたら大変うれしいものです。

そして、自分では気がつかないこと、わからないことが他の会員の皆様の部屋
でも絶対に存在していることなのです。

Sound checkとは先ず現状認識から入り、その現象をご本人に自覚して頂ける
ように実験によって証明し、できればお金をかけないで調整していけるように
アドバイスさせて頂くことが主目的です。

皆様の過去の投資が金額に応じてきちんと発揮されているかどうか、それを
自分では判断できないし分からない、自信がないという皆様に対して、私と
いうプロの耳で診断をさせて頂くものです。

先ず、ご自分のシステムが出している音質はどうなのか?
これがスタートです!!

もう、かなりお付き合いの長いY.K 様ですが、今回の訪問は大変有意義で
あったと帰りの電車に乗ってから一人で勝手に思い出していました(^^ゞ

Y.K 様ありがとうございました。<m(__)m>


HAL's Hearing Report