第五十話「Made in Japanの逆襲」


9 Advanced Nautilus Drive Systemとは!?

 2002年6月14日の午後、「FIFA WORLD CUP KOREA JAPAN」のグループHでは決勝トーナメント進出をかけて日本対チュニジアの試合が行われていた正にその時、 ここDyna5555の7FにあるH.A.L.Tでも大掛かりなセッティングを汗だくで進めていた。私の“悪癖”は素晴らしいアンプを見つけるとすぐに、 オリジナルノーチラスで演奏したらどうなるだろうか!? という我がままであり子供じみた好奇心の衝動である。 そして、澤田氏はそれを焚きつけるような一言を言うものだから、ついついこんな企画を実行してしまった。その一言とは?
澤田:


図 3:
通常のノーチラスシステム構成
「オリジナルノーチラスの付属チャンネル・ディバイダーは、クロスオーバーのCRフィルターによる位相ズレを補正するため、 アナログディレイを使用したオールパス型フィルターを採用しています。
ユニットの物理的位置による位相ズレはありませんから、このクロスオーバー・システムによってトータルで完璧なリニアフェイズを実現しています。 このクロスオーバー・システムはアナログ方式では最高のフィルター構成ですが、アンプブロックが多段に挿入されるため、 厳選されたローノイズOPアンプを採用してS/Nを確保しています。」


図 4:
アドヴァンスド・ノーチラス・ドライブシステム
「全帯域で位相が完璧に揃っているうえに、聴感上のS/Nが極めて優れたオリジナルノーチラスの特長を更に生かすドライブシステムとして、 マランツの新セパレートアンプの特長を生かした「アドヴァンスト・ノーチラス・ドライブ・システム」(以後ANDシステムと呼称)を提案します。
プリアンプとパワーアンプの間にチャンネル・ディバイダーを挿入する従来の方式では、プリアンプとチャンネル・ディバイダーの残留ノイズは、 ボリュームの位置に関係なくパワーアンプで増幅されておりMA-9S1の場合パワーアンプのゲインは29dB(28倍)となります。
ノーチラス・チャンネル・ディバイダーの残留ノイズは、HFで18μVですから、パワーアンプ出力では約0.5mVとなります。」
川又:
「なるほど、長らく私もノーチラスを扱ってきましたが、そのような着目点があるとは思ってもいませんでした。 それに、プリアンプの本来の仕事振りからしても、パワーアンプをドライブするという概念からすれば極力間には他のエレクトロニクスを入れたくないという考えもありますしね。
いずれにしても、この私でさえも未体験のプリ・パワー直結によるノーチラスには何としても興味がありますね。ぜひ、やってみましょう!!」
澤田:
「提案のシステムでは、D/Aコンバーターの出力を直接チャンネル・ディバイダーに接続し、 チャンネル・ディバイダーの4ウェイ出力を片チャンネルあたり2台のステレオプリアンプに接続、ここでボリュームコントロールし、その後でパワーアンプに接続します。
この方式ですとチャンネル・ディバイダーの残留ノイズは、プリアンプのボリュームで絞られるので、ミニマムボリュームではほとんどゼロになります。
プリアンプにマランツSC-7S1を使用するとゲインボリューム方式のため、上記に加えてプリアンプ自身の残留ノイズも大変低く3.5μVで、 パワーアンプ出力でも約0.1mVとなり実用上のS/Nは格段に向上します。そのうえ両チャンネルで4台のプリアンプを連動させることができます。
また必要であれば、各ユニットのトリムレベル調整も音質変化なく可能です。」
川又:
「なるほど、伺っている限りはいいこと尽くしですね。
でも、チャンネル・ディバイダーでは入力切り替えが出来ませんから、二つ以上の入力をつなぎたい場合にはセレクターが必要になりますね。
また、プリアンプと接続ケーブルの数が増えますが、私にとっては、このケーブルの本数は大変な負担になりますよ(笑)
しかし、デジタルソースの場合はD/Aコンバーターのデジタル入力切り替えが使用できるし、フォノイコライザーアンプは別ユニットを使用することが多いでしょうから、 大変ですけどその都度、接続を変えることが音質的にも有利でしょうね。他に注意点はありますか?」
澤田:


写真 18:
A.N.Dシステムのセッティング
 


写真 19:
RELAXA2PLUS外観
「そうですね、高出力レベルのD/Aコンバーター(ワディアプロなど)の場合は、チャンネル・デバイダーのダイナミックレンジを超えないように、 出力レベルをコントロールする必要が生じる場合があります。」
川又:
「了解しました。それは設定方法がありますから問題はないでしょう。それでは、実際の商品の手当てを営業と相談しましょう。(笑)」
 あれから数週間が過ぎて前述のようにセットアップしたのが写真18の威容である。
そして、この画像では見にくいのだが、左右4台のMA-9S1の下にノーチラス付属のチャンネル・ディバイダーが納められているのだが、 それをラックからフローティングさせいるのがこれ、SAP RELAXA2PLUSである。 ハルズサークル会員の皆様はご存知のようにA.O.P.という企画で過去最高の販売台数を記録したものだが、 ノーチラスのシステムではことにチャンネル・ディバイダーに使用しての効果があり、しっかりとここでも採用したものだ。
写真19はこのRELAXA2PLUSを拡大したものだが、付属の専用レンチを手前のマグネットに意図的に差し込んで撮影したものだ。 これを使用して各コーナーのマグネットの上下位置を調整しアクリルボードの水平を調整するのだが、 DOMINUSのように重量級のケーブルを後ろに接続しているときなどは重宝する。


10 私のこだわりと「くるみ割り人形」のフィナーレ!?

 さて、写真18のシステムが組み上がり、発注していた大量のDOMINUSが到着したのが6/15であり、実質的には当日音が出ることは出た・・・。
しかし、接続直後の大量のDOMINUSはこれほどのシステムを支えるだけの音質を直ちに提供してくれないということは経験上十分に承知していた。 そこで、当日から徹夜でPADのSystem Enhancerを毎晩回し、営業中も含めて24時間体制でケーブルのバーンインを開始した。
また、時折チェックのために音は出すのだが、その段階でラックという重要なポイントに問題が生じた。
写真を見てお解かりのように諸般の事情からQuadraspireを導入したのだが、私が長年標準としてきたzeothecusと同じではないということは承知していたものの、 このギャップが私の耳には大変大きなものであり、結局前述のRELAXA2PLUSをチャンネル・ディバイダーに加えて4台のSC-7S1すべて使用し、 SM-9S1のすべてにJ1-Projectのインシュレーターを使用し、更にトゥイーターとミッドハイ・ドライバーを担当するSM-9S1には ソルボセン(完全無反発ゴム)ディスクを二重に使用して何とか納得できるようになってきた。
そして、大量のDOMINUSに対しても通算240時間のバーンインを施し、やっとノーチラスのあるべき本来の姿に今回の企画での革新性が見え始めたのである。
さて、使用システムは・・・。

Timelord chronos(AC DOMINUS)  ⇒  dcs 992/2(AC DOMINUS)  ⇒  Esoteric  P-0s(AC/DC DOMINUS & RK-P0) ⇒  dcs MSC-BNC Digital Cable ⇒  dcs purcell 1394(AC DOMINUS) ⇒  dcs MSC-BNC Digital Cable ⇒  dcs Elgar plus 1394(AC DOMINUS) ⇒  PAD BALANCE DOMINUS 10ミリ ⇒  Nautilus付属Channel Divider(AC DOMINUS   BALANCE DOMINUS 1m×4)With SAP RELAXA2PLUS×2 ⇒  marantz SC-7S1×4(AC DOMINUS×4   BALANCE DOMINUS 1m×4) With SAP RELAXA2PLUS×4 ⇒  marantz SM-9S1×8(AC DOMINUS×8) ⇒ PAD RLS for Nautilus Quad-Wire 3m ⇒  B W Nautilus ⇒  murata ES103B With PAD ALTEUS 3m

さあ、新世代marantzのエレクトロニクスが作り出すNautilusの別世界がいよいよ始まった。

最初は「くるみ割り人形」を聴きなおす。
1トラック目の「序曲」が始まった瞬間に、わが耳を疑ったのがS800との決定的な相違点である音場感の広がり方、スケール感の違いであった。
当然のことながらシステムの支配力はエレクトロニクスよりもスピーカーの方が断然に大きいものだが、Nautilusの広大なサウンドステージは何度聴いても驚くばかりである。
いや、今回のこのANDシステムにも一因があるのだろうか・・・。と推測を進める前に決定的な瞬間がやって来た。 ここで打ち鳴らされるトライアングルはホール録音とは言いがたい鮮明さであることは知っていたが、以前よりも格段にトライアングルはダイエットしていたのである。 つまり、簡単に言えばトライアングルの三角の金属棒はこれまでに聴いたどのスピーカー、あるいはシステムと比べても究極的に"細く"なっているではないか。 スーパー・トゥイーターと連携したNautilusのトゥイーターは、トライアングルの打音の瞬間を未体験の領域で圧縮し、 その分空気中で金棒が振動しながら引き伸ばしていく余韻が自分の手に楽器を持たされたように目の前で生き生きと空間に存続しているではないか。これは凄い!!
この小さな楽器が錚々たるオーケストラの他の楽器と対等の空間を使って響き渡る。
そして、1stヴァイオリンのアルコにわずかに定位をずらせて弾ける2ndヴァイオリンのピチカートがまるで赤と黒ほどの明確な分離で展開される。 そして、ピチカートの余韻がアルコの連続音に埋もれることなく伸びやかであり、楽音の粒立ちが際立っていることを次第に確信させるようになってくる。
さあ、3トラック目の「行進曲」に進んでいく。おなじみのメロディーが管楽器の重奏によって開始されると、 激しいストリングスのアルコに右チャンネルからのコントラバスのピチカートが弾かれる。 この低音階の余韻がS800のそれを忘れさせてしまうくらいにゆったりと空間に浸透していき、しかも低音楽器の位置関係を同じステージの高さにふわりと浮上してくる。
S800では他のパートよりも下のほうにあったはずなのだが、Nautilusの提示するステージ感は正確にすべての楽音の上下の位置関係を揃えている。 弦楽部の右から左へと音階の駆け上がりを複数の楽器が引き継いで、一気に流れるように展開していく。 同様な音階の急降下も複数の管楽器が担当して一つのメロディーを継承していくのだが、 その引継ぎ部分が聞くともなしに提示される解像度は聴き手に楽器の数を数えさせるほどの鮮明さをもって楽々と演奏を続けていく。
さて、ここでも私は過去の記憶との相違点を感じずにはいられなかった。

「まるで音量が大きくなったように聴こえるが、ピアノとフォルテのボリューム感のレンジが拡大しているようだ。 つまり、埋もれる弱音がない分だけ楽音の強弱が自然に感じられる。
簡単に言えばダイナミックレンジが拡大しているということなのだろうが、 まるで20Wの電球から100Wの電球に取り替えたように演奏しているホールが明るく見えるようになったみたいだ。
同じ風景の中で色彩が豊かになり、物の輪郭も鮮明になっているから全体の細かいところが見えやすくなっている。 それを誇張せずに聴かせる、こんなNautilusは初めてだ。」

次に私がチェックしたかったのが15トラック目の「お茶(中国の踊り)」である。
ファゴットのユーモラスなリズムの繰り返しに、すべてのストリングスは終始ピチカートを繰り返す一曲である。 このピチカートに両翼を包まれてフルートが…。そう、この時のフルートがまったくの空気しかないはずの、すぐそこの空間にパッとスポットライトを当てたように浮かび上がる。
極めて微量のノイズという粗い生地のキャンバスにナイフでカッティングしたように絵の具を塗りつけたかのような、これまでのフルートの登場の仕方ではない。 まったくの虚空に浮かび上がる木管の響きは、わずかでも微妙に色彩がある背景に上塗りされることがなく、従来の何倍もの清涼感を持って響き渡る。 美しさと心地よさを両立させた音だ。
 続く「トレパーク(ロシアの踊り)」が颯爽と始まった。前曲との圧倒的な音量感の違いから、ふと、 ボリュームを下げなくては・・・、などという懸念は一瞬うちに消滅してしまった。
激しく切り返される弦楽器のアルコでは整然と並ぶオーケストレーションが鮮明になり、連続して引き戻される弓の数を楽しく数えながら聴き入ってしまうようである。 そして、パーカッションの響きは決して膨らまず、定位置でしっかりと踏みとどまり低域がいかにコントロールされているかを知らせてくれる。 タンバリンも含めてすべてのパーカッションは、ホールの壁に何度も反射されたような空間での混濁、 言い換えればスピーカーのキャビネットがもたらす演出効果をまったく持たないので瞬間的な立ち上がりと楽音の完全なる終息が正確に聴き取れる。
タンバリンのヘッド(皮)を指先が叩いた!!という事実を聴かせてくれたのは驚きであった。
わずか一分一秒の録音はNautilusそれ自身の特徴を見事に引き出していた。
 優雅なメロディーが印象的な「葦笛の踊り」もピチカートのストリングスとフルートがホール一杯の響きを伴って展開するが、はて…、とあることに気がついた。 管楽器のバルブの音ではなかろうか!?
今まであまり気にすることはなかったのだが、今日のNautilusはホールの隅々にサーチライトのように“光”を投げかけ、様々な発見をもたらしてくれる。
他の曲でもそうなのだが、もしかすると管楽器を演奏する際、またはこれから音を発しようとする前に どうやらバルブのみを「パタパタ」と動かしているような音がわずかだが感じられた。錯覚であればそれでもいいだろう。
しかし、演奏の背景にあるものが描き出されるにつれて必然的に臨場感が高まるという楽しみ方もANDシステムのご利益だろうか…!?

「間違いない!!ノイズフロアーは確かに大きく低下している。
これまではNautilusに接近するとシーッというわずかなノイズが聴こえており、もちろん演奏時には気にならなかったものだが、 このANDシステムではまったくと言ってよいほど無音であり、Nautilusの背景に無意識にとも言える空気の"霞"のような雰囲気を感じさせることはない。
まったくの虚空から湧き出る楽音がNautilusに更なる可能性を与えたようだ。
さあ、次を聴きたい!!」



写真 20:
チェレスタ
 私はオーディオという分野では様々な作品の世界的なデビューに立ち会ってきたことが何度となくあるが、実はこの「くるみ割り人形」では歴史的な楽器をデビューさせていた。
このディスクでは22トラック目の「金平糖の精の踊り」で幻想的な音色を聴かせるチェレスタ(celesta=イタリア語で「天国的な」の意味)がそれである。
1886年フランスのオルガン製作者ミュステルによって考案され、製作されたチェレスタは1892年に初演奏された「くるみ割り人形」のなかで取り上げられ、初めて世に紹介された。
金属製の音板を叩くことによって奏でる可憐で美しい音色は、数多くの作曲家の注目を集め、今もなおなくてはならない存在となっているという。

〔マーラー 大地の歌/交響曲第8番 , R・シュトラウス サロメ/アルプス行進曲 , ストラヴィンスキ− 火の鳥/ペトル−シュカなどにも登場している〕

 この曲もストリングスのピチカートが多用されており、その隙間を縫って木管楽器がステージ上でのどかに歌い上げる。
さて、チェレスタが登場するが、これには専用のマイクロホンが使用されているようだ。
しかし、ピアノのように左右のスピーカーの間に鍵盤が並ぶというステレオ的な録音ではなく、 モノラルの単一音源として左チャンネルから見事と言える鮮明さで聴こえてくるのである。 そして、再度正面に注目するとホールエコーをたっぷりと背後に残しながら浮かび上がるオーケストラと対照的に、 チェレスタはオンマイクでの距離感を自然に保ちながら金属製の板を“叩く”という発音の原理を必然的に聴く人に推測させる。
立ち上がった楽音が加速して聴こえてくる・・・、ではないのだ。突如としてそこに出現したという時間軸の強力な圧縮が叩く瞬間の質感を前例がないほど際立たせる。
そう、冒頭のトライアングルと同じ印象だ。
直結されたプリ・パワーアンプがネットワークを介さずに直接トゥイーターとスーパー・トゥイーターを駆動すると、こんな次元の打音が再生されるとは誰が想像できたことだろう。
史上初のパワーアンプとスピーカー・ユニット直結、プリ・パワーアンプ直結というマルチアンプ駆動のANDシステムの素晴らしさがこれだろう。

「このステージ感とホールの空間表現を堅持しながら、目の前にあるという聞かせ方のチェレスタとの好対照な距離感と質感の表現は私にも経験がない。 ゆったりと漂うような雰囲気と、超高速な打音という相反する再生傾向の両者がいともたやすく両立したのだ。」

チャンネル・ディバイダーの残留ノイズを無視できるという電気的なノイズフロアーの改善に先立って、
ラックとコンポーネント、そして床との関連性を追及して機械的なノイズフロアーも追い込んだ。
そして、250時間に及ぶDOMINUSのバーンイン・タイムは間違いなく効果を発揮してANDシステムの魅力を実感させ、 同じディスクを使って試聴したS800との差異を強烈に認識させてくれた。
間違いない、これはNautilusにとって"天恵"とも言えるドライブ方式だ。
それでは、過去に幾度となくNautilusで聴いてきた数々の曲はどうだろうか・・・??