第三十話「オーディオの漢方薬」
第一章『プロジェクト8』 ステレオサウンド誌が年間を通じて優秀なコンポーネントを表彰する1995年「コ ンポーネンツ・オブ・ザ・イヤー」の入賞作品のリストが今年もいち早く私の手元に届 いた。大抵が事前の情報として耳に入ってくるのだが、中にはまったく知らなかったも のがリストアップされていることがある。その中で、大変強く私の関心を引き付けたも のがあった。スフィンツの新型プリアンプ「プロジェクト・エイト」である。同誌の発 売を待って詳細を知ればよいものを、気になると居ても立ってもいられないのが私の性 分である。11月20日まで我慢した末に、遂に輸入元であるニコルマーケティング株 式会社の西村氏に電話をかけて、ぜひ聴かせて欲しいというお願いをしてしまった。す ると、翌11月22日、西村氏からの携帯電話で、「今東京駅の近くですが、もしよろ しかったら、これからお持ちしましょうか。」と早速のレスポンスを頂いたのである。 サンプルとしては日本に一台しかない貴重なアンプを聴けるのだから、私が断わるはず はない。「えっ、本当にいいんですか。もちろんー。ええ、お待ちしてます。」と、ご 好意に甘える事にした。いつも礼儀正しい西村氏が、「お忙しいところを早速聴いて頂 けるなんて、かえって申し訳ありません。」と言いながら箱から取り出すのを私は食い 入るように見詰めてしまった。外観の第一印象は、「いいデザインですねェ。」思わず 美しい仕上げに合格点を付けてしまった。サイズは横幅が482mm、高さが68mm 、奥行きが328mm。全く同サイズの本体と電源部が縦に二段重ねとなる。双方を結 ぶ電源供給用ジャンパーは長いものも用意されるので、横置きのレイアウトでも使用可 能ということだ。高品質のブラックアクリルで構成され、大変スリムで優雅なフロント パネルにはインプットセレクターとボリュームコントロールのノブが二つ。スタンバイ モード、フェーズ、プリセット、という三つの小さなプッシュスイッチだけというシン プルな顔立ちである。電源を入れると本体中央のディスプレーに、「SER NO.0 8 502 0029」「Sphix Project Eight」「CURREN T SETTINGS」という文字が表れ自己紹介をしてくれる。その後に、入力1か ら8まで入力に使用したい機器の名称を表示し、位相、入力レベルなどのプリセット状 態を表示してからスタンバイする。本体と電源部はゴム製の特殊なアブソーバーによっ てフローティングするようになっており、このインシュレーターの装着によって外部か らの振動に対応させている。機能本意のデザインでスイッチやノブの大きさを決定して いるマークレビンソン等とは違い、さすがにヨーロッパの感性は視覚に訴えるべき満足 感を重要視しているようだ。プロジェクト8をはじめ一連のスフィンツ製品を製造して いるのは、オランダのSTC(SILTEC TECHNOLOGY CENTER)社である。もうご存じのよう に、銀を素材とするオーディオケーブルで有名なシルテックが母体となった会社である 。1984年にエドウィン・ファン・デァ・クレイ氏が設立したシルテックは急激な成 長を重ね、オフィス、デザインセンター、高精度な測定器をそろえたリスニングルーム 、そして自前の組立てラインまでを有するオーディオメーカーとしてSTCを開設した のである。そのコンポーネントに付けられたブランド名が「SPHINX」である。プ ロジェクトシリーズにもこのネーミングが使用されているのだが、日本では商標権の問 題から「SPHINZ」スフィンツとして表示され呼称されている。当然の事ながら、 同社のプロジェクトシリーズにはふんだんにシルテック社のシルバーワイヤーが採用さ れている。プロジェクト8の電源部は、左右チャンネルに各1個とコントロール系に1 個と合計3個のRコアを採用した専用トランスを搭載している。しかも、何と1470 00μFのエネルギーリザーバーを持たせたというから、プリの電源部としてはたいそ う奮発をしたものだ。これも、電源から信号系に混入するノイズを徹底的に排除する試 みの一つである。電源部からモノラルコンストラクションを実現しており、ウルトラリ ニア・ローノイズ・クラスA・オーディオサーキットの採用でダイナミックレンジも1 20dBを確保している。歪率も0・0015%再生周波数帯域もDCから500キロ Hzというスペックを最低保証している。英文の解説書には、ディスクリート構成でF ETを採用した回路で、それらの高品位パーツを手作業でセレクトしているという誇ら しげな一文もある。8系統の入力切り替えは、スイス製の密閉型高品位リレーによって 制御されている。ボリュームとバランスのコントロールも同様なリレーを採用しており 、100dBのコントロールレンジを0・2dBステップでボリュームコントロールが 可能となっている。チャンネルバランスも0・01dB精度で同様な調整が可能である 。アメリカの製品にも見られるようにシグナルパスの短縮をリレーによって行うことは 、アンプのリニアリティーに貢献する常套手段となりつつあるようだ。そして、入出力 共に2系統のバランス端子を装備しており、WBTのRCAピンソケットを採用したア ンバランス入力6系統を装備している。本体には電源スイッチはなく、スタンバイスイ ッチによって動作を開始する。常に通電することによって、ウォームアップ・タイムを ほとんど必要としない。近来のプリアンプとしては、ちょっと贅沢に50Wの消費電力 を設定しているが、再生音重視の観点からすれば十分に受入れられるものだ。また、将 来的には他のプロジェクトシリーズに対して、光結合による制御が可能となるコントロ ール用出力端子も装備されている。赤外線方式のリモコンが付属しており、フルリモー ト・コントロールが可能だ。このリモコンのボリュームコントロールでユニークな点が ある。ボリュームアップはリニアに動くのだが、ボリュームを絞る際には3ステップず つ早いペースでカウントダウンしていくのだ。この動作がリズミカルで面白い。入力ご とのプリセット機能も備えており、位相、基本レベル、バランス・アンバランスの出力 選択、レコーディング出力の選択などがあらかじめ設定可能だ。まったく、こんなシン プルなデザインの中に、よくこれだけの機能が封じ込めたものだと感心すると共に、使 う楽しさも同時に提供してくれる。皆様はステレオサウンド誌のグラビアで初めてご覧 になることでしょうが、実際に操作してみて私のレベルでクラスAと評価しておきたい 。 第二章『スフィンクスの歌声』 この随筆を私が書いている動機は、単純だが「感動」である。毎月様々なコンポーネ ントを聴く中で感動を与えてくれたものを皆様にご紹介したいというのが目的である。 従って、その対象となる物に巡り合わないと「今回はどうしようか。」と悩むことにな る。しかし、毎月の事ながら世界のオーディオマニュファクチャラーは、あの手この手 で私を飽きさせることがない。電源を入れてセッティングを完了し、私の性格を知って か知らないでか、私から説明を求めない限りニコルの西村氏は音を出し始めてからは一 言もしゃべらず、じっと私の後ろで見守っているだけだった。私も幾多の試聴をしてき た経験上、音を出し始めた瞬間に音の品位を嗅ぎ分ける能力が備わっている。その瞬間 の私の胸中では「うん、良いじゃない。」その第一印象がクリアーされれば、後は聴き なれた試聴ソフトのタイトルが流れる水のごとく頭に浮かんではかけ替えていく。この 時に使用したスピーカーはテクニクスのSB−M10000、CDシステムはマークレ ビンソンのNO・31LとNO・35L、パワーアンプはNO・33Lである。このラ インアップの中にジェフローランドのコヒレンスと、マークレビンソンのNO・38S L、そしてプロジェクト8を差し替えての試聴を行った。デンマークのグリフォンを例 外として、私はハイスピードを自称するソリッドステート・アンプの分野でヨーロッパ 諸国のそれとアメリカのそれとでは低域の質感に相違があることを経験上感じ取ってい る。アメリカのアンプの多くは低域の表現にボリューム感を大切にしている。単語で表 現すれば「ヘビーなベース」「量感がある」「厚みがある」「濃厚な低音」「重たい音 」と、こんな表現になるであろう。しかし、私がよく耳にするヨーロッパのアンプとし て、代表的なところではスイスのゴールドムンド、FMアコースティック、アンサンブ ル、イギリスのロクサン、フランスのJDF、デンマークのプライマー、そして、オラ ンダのスフィンツという一群は前述のアメリカ製アンプの低域とはひと味違うのである 。これも単語で表現すれば「タイトなベース」「量感よりも輪郭重視」「厚みのある丸 さよりも鋭角なエッジ」「濃厚よりも色彩感」「重量感より鮮明さ」とこんな感じの表 現になるだろうか。ハイカレント指向の大きなうねりのエンベローブの表現よりは、波 形の細かい襞を鮮明に現出させる感じだ。CDトランスポートからパワーアンプに至る まで、マークレビンソンのラインアップにポンと放り込んだ時の印象では、よい意味で 薄口淡味の方向へいざなう傾向が見られた。そして、この時に中高域のひたすら透明な 描写力が自分自身を純白無垢の存在として他のコンポーネントの個性を引き立たせる脇 役として、控えめな自己主張がシステム全体でのとりまとめに貢献している事実を感じ させる一面がある。私は海外の高級アンプメーカーのトップの人々と会談する度に、同 様なスピーカーメーカーの自己主張と相通ずる共通点を感じることがある。ティールや アヴァロン、ウィルソンなど、電気的な調整手段によってユーザーの好みとするバラン スに変化させることを否定する考え方がある。私は、確固たる試聴の結果としてプリア ンプとパワーアンプの組合せで異なるメーカー同志を合わせるのであれば、一個人の判 断として応用的な組合せとして認めるべきものだと思われる。しかし、スピーカー同様 にアンプ設計者の思想とこだわりは、当然の事ながら同一人物の設計によるプリ・パワ ーの組合せでなければ中々聴き取ることが出来ないのも事実である。同社のパワーアン プであるプロジェクト26と組合せしたスフィンツ同志の純粋なペアリングによってこ そ、プロジェクト8の秘められた魅力を威風堂々と歌いあげてくれる可能性を私は強く 感じてしまうのである。 第三章『音の漢方薬』 私は疑り深い性格である。新製品の音を評価するにしても、過去の記憶と照合して新 製品を評価することに対しては特に懐疑的になってしまう。ワディア2000シリーズ の過去のバージョンアップの各過程において。そして、同じく2000からワディア9 へと大きく変化した時も同時比較をして納得した。同社のトランスポートWT−200 0がWT−2000Sにバージョンアップした時も、VRDSメカの本家であるTEA CのP−2sと3台並べ比較して納得した。外見は全く同じだがマークレビンソンのN O・26LとNO・26SL、NO・38LとNO・38SLも同様に全部を聴き比べ て納得した。同様にゴールドムンドのミメーシス10Cとミメーシス10Cプラス、ミ メーシス8・2とミメーシス8・4なども同時比較した。こんな性格なものだから新製 品が出る度に、輸入商社の担当者には無理難題をふっかけては新旧比較を私のフロアー で実際にやってもらっている。そんな私が何年も前から知っていながら信用していない ものがあった。コンバックコーポレーションが販売している「ハーモニックス」と総称 されるチューニング・デバイスの商品群である。アメリカのオーディオ誌「ステレオフ ァイル」や「アブソリュートサウンド」などでは記事として紹介されているので、その 存在は事あるごとに噂として私の耳に入ってきていた。仕事がら私のフロアーではスパ イクやソルボタンのような振動対策のアクセサリーを常用しており、その効果と使い方 のノウハウを蓄えてきただけに、このチューニング・デバイスという商品には大変懐疑 的になっていたのである。お得意様に求められれば販売するというスタンスで扱っては いたが、積極的に提案するという事は正直言ってあまり考えてもいなかった。私が大好 きな日本のジャズレーベル「スリー・ブラインド・マイス」のリマスターCDとLPを コンバックコーポレーションが販売するという案内を頂き、電話をしようかどうかと迷 っている矢先に同社の代表取締役であられる木内和夫氏が偶然にも私を訪ねて下さった のである。大変失礼な話であるが、私がこれまで感じていた「ハーモニックス・チュー ニング・デバイス」への疑問をあけすけに話したところ、木内氏は「無理もないことで すよ。」と微笑みながら快く最後まで聞いて下さった。ここまできたら、言いたいこと を全部言ってしまおうと決心した。「もし、時間が取れればで結構ですから、私が納得 出来るようなデモをこのフロアーでやって頂けないでしょうか。」と、木内氏の取り扱 っている商品を信用していないと宣言しながらも何とも厚かましいお願いをしてしまっ た。ところが、「私の方こそ、喜んでやらせてもらいますょ。」と、話はトントン拍子 に運んでしまったのである。この日は大変忙しくプロジェクト8を初めて聴いた日の午 後、木内氏は30kg近い荷物をたずさえて約束通り来訪して下さったのである。ちょ うど先程セッティングしたマークレビンソンのシステムと、テクニクスのSB−M10 000を使用し、プリアンプだけはジェフローランドのコヒレンスに替えてから試聴を 開始した。まず、私が最初にお願いしたのはルーム・チューニング・デバイスと称され るもので、ちょうど10円玉の片面にベージュのフェルトをはり、反対側に粘着シール をはったようなものである。16個が木箱に入って4万8千円という価格で、カタログ には次のような効用が列挙されている。「部屋の定在波が消え、透明になる」「これま でかき消されていた微細な音が鮮明になる」「音像が生々しく空間に現われ、三次元的 なイメージが実現」「部屋にいることを忘れてしまうような生々しい音楽空間が出現」 「耳障りな反響音がとれ、再生音は伸び伸びとする」このような効果は、以前からQR Dシステムを大量導入してフロアーの音響的環境を調整してきた私にとっては、未だに 信じられないことなのである。私はスピーカーから放出された音波は壁面の反射によっ て、その部屋のルームアコースティクを決定するものと考えていた。そんな私にとって 、フェルトを貼付たコインの御利益は信用していなかったのである。そんな心境を察し てか、木内氏は効用を力説することなく黙々とルームチューニング・デバイスを壁に貼 り付け始めた。思わず私は「そんな所に貼っても効果があるんですか。」と聞いてしま った。と言うのは、私のフロアーの天井は約1cmの厚みのウレタンの表面を細かい穴 のあいたビニール材で仕上げて天井全体に貼ってある。振動対策として考えられたもの を、ウレタンの表面のビニールに貼り付ても仕方ないように思ったのだ。「いや、これ は大丈夫なんですよ。」と笑いながら作業を進める。4個くらいを貼ったところで、チ ューニング前に聴いておいた曲をかけてみた。「ウ−ン。これは何と言ったら言いのか −。」私は答えに困ってしまった。違いがわからないのである。この感想を正直に伝え ると「じゃ、もう少しやってみましょう。」と8個程度を部屋の各所に貼り進めていっ た。この時に使った曲は、MCAビクター(MVCR−212)リー・リトナーとラリ ー・カールトンのスタジオセッションによる「ラリー・アンド・リー」の3曲目「LA アンダーグラウンド」という曲である。非常にタイトなドラムと空間に浮き上がる二人 のギターが印象的で、特にエレクトリックベースのリズムが随所で深く重く、しかも軽 快に展開されるノリのいい曲である。私が求める音量にテクニクスのSB−M1000 0が見事に答えてくれ、特に60Hz以下を受け持つケルトン式ウーファーは強力に、 しかも鮮明なベースの低音階部を体に感じる波動感として伝えてくれる。ここでハッと 気がついたことがある。私が座っているソファーを伝わって、あたかもボディーソニッ クを装備したように体に感じていたベースの響き、あるいは振動と言った方が正しいか もしれない低音が体に感じられなくなってしまったのだ。言葉で説明するのも難しいが 、この変化を木内氏に伝えると、「じゃ、次はこんなことをやってみましょう。ちょっ とお手伝い頂けますか。」と、同シリーズのチューニング・フィートを取り出した。私 がSB−M10000にセットしていた金属性のスパイクを外して、チューニング・フ ィートを3点支持でスピーカーの下に挟んでみた。ボリュームを変えずに同じ曲をリピ ートしてみると−。驚いたことに、私が木内氏を振り返って言おうとした事が、次の瞬 間には先に木内氏の口から出てきたのだ。「どうです。先程減ってしまった低音の躍動 感が戻って来たでしょ。」この人はテレパシーを使う超能力者か、とわが耳を疑う木内 氏の言葉に私は素直に頷くだけであった。私のフロアーは、かなりの面積の壁面をQR Dのアブフューザーとシーリングクラウドで押さえ、スピーカー後方にはQRDのディ フューザーを配置し、どちらかというとデッドな方向へと調整をしている。また、スピ ーカーのステージの端の方では、200Hzから300Hzくらいに定在波が発生して いることも知っている。しかし、SB−M10000の強力で引き締まった低域再性能 力によってソファーから伝わってきた振動を、10円玉程度のルームチューニング・デ バイスが変化させてしまったということは、私の持ち合わせているオーディオの常識か らは考えられないことであった。そして、その上でチューニング・フィートによって、 その低域再生の醍醐味とも言える振動の体感が戻ってくることを木内氏が言い当てたこ とも驚きであった。木内氏に話を聞いてみると、もう7年も前から販売をしていたそう だ。日本のオーディオ界には中々理解者が現われず、アメリカのさる知人宅で行ったデ モンストレーションをマスコミが取上げ、広告ではなく記事としてアメリカのオーディ オ誌に取り上げられてから国際的に評価が確立したそうだ。科学的に説明出来ない要素 が多分にあるからこそ、チューニング・デバイスという表現をしているのであろう。振 動に対する様々なダンピングの手段は、質量を追加したり、スパイクなどで支持点を明 確にしたり、逆にオイルやゴムを使ってアイソレートしたりと色々な方法がある。しか し、どの程度のダンピングを行えばベストなのかという指標は一切ない。つまり「適当 に効果を見ながら、あなたのお好きなように。」という程度なのだ。また、「対策」を 施すということは、対策が必要な「原因」があるからこそ、対処する方法を考えなけれ ばならないのだ。つまり、コンポーネントとその周辺に原因がないことがベストなので はないだろうか。白状すると、私はこれらのチューニング・デバイスを認めたくない理 由がもう一つあった。ジム・ティール、デヴィッド・ウィルソン、ジェフローランド、 マーク・グレイジャー、あるいは松下電器の古田氏、ソニー株式会社の佐藤氏など、ハ イエンド・オーディオの設計者たちが情熱を込めて作り上げたものに対して、チューニ ング・デバイスを何個も貼付てデモする事に疑問があったからだ。つまり、チューニン グ・デバイスによって変化が起こったならば、その製品は完成度が低いとみなされる恐 れがあるからだ。ただでさえ百万円以上もする高価なコンポーネントに対して、あるい はその設計者たちに対して一種の冒涜のような気がしてならないからだ。自ら販売する 製品に対して価値観の低下を促すような後付けのチューニングはしたくなかった、とい うのが私のもう一つの本音であった。派手に共振するものに何らかの手段でダンピング をかけて、「ほら、音が良くなったでしょう。」と語るのは大人げない。お断りしてお くが「ハーモニックス・チューニング・デバイス」のそれぞれは、そんな単純で効果覿 面を期待するような製品ではない。もともと発生している共振は、しかるべき手段を講 じてきっちりと処理することが前提だ。つまり、目に余る大きな共振に対しての特効薬 ではないのである。一夜にして大病をなおす薬には、多かれ少なかれ副作用があること は想像に難しくないと思う。ハーモニクスのそれぞれは自覚症状として表現しにくいが 、何らかの問題を引き起こしていると思われるポイントにジンワリと効いてくる漢方薬 のような存在なのだ。しかし、その歴史に裏打ちされた漢方薬の処方は中々真似の出来 るものではなく、「制動」という単純な目的から更に発展した人間の感性にしっくりと 馴染む調合なのである。これらを「特定の症状を徹底して駆逐する抗生物質」のような 期待に答える対処療法ではなく、「どこが悪かったのか自覚させてくれることから始ま る体質改善療法」として、私は位置付ける事にした。特に、ルームチューニング・デバ イスは他のどれもが出来なかったことを体験させてくれ、症状の自覚を促してくれたこ とに大きな評価を与えるものだ。従って、その処方箋を書く立場として、どなたでも安 易にお勧めするわけにはいかないだろうと思う。しっかりとカウンセリングを行い、ま ず症状がどの様なもので、原因が何かを見極め、他の手段によって直接的な効果をまず 実験によって確かめてもらうことが必要だ。ここまではチューニングではなく「対策」 を施すという事になると思う。その効果を確認して「その対策についての程度の問題」 に行き当たった人には、いよいよチューニングという段階で木内氏の商品をお勧めする 順番になるであろう。実は、これほど書いてもまだ私は総てに納得したわけではない。 このチューニング・デバイスを時間をかけて使い込み、オーディオの漢方薬の効用をじ っくりと体感するつもりだ。 【完】 |
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