第十八話「黄金の口が語る美意識」
第一章『回想』 毎月世界のハイエンド・オーディオ・コンポーネントを集めて行っている試聴会も今 月で30回を数えるまでになった。この間に聴いてきたオーディオ・コンポーネントの 数々も既に数えきれないほどになった。その中でも、とりわけ鮮明に記憶に残っている ものがある。ちょうど昨年の今頃(1993年9月27日)に、『生涯の記憶・ゴール ドムンドの哲学を聴く試み』と題して開催したもので、試聴会というよりはセミナー的 な雰囲気のものであった。1981年スイスのジュネーブに発足したゴールドムンド社 は、まずアナログ分野でその評価を世界的なものとしてきた。1983年にはリファレ ンス・ターンテーブルが米国のアブソリュートサウンド誌で五つ星(芸術の領域)の評 価を得て、世界のハイエンドシーンに彗星のごとく、その航跡を印したのだった。19 87年ミメーシス2プリアンプとミメーシス3パワーアンプを発表しエレクトロニクス の分野でも、その英知を世界中のエンドユーザーのために披露し始めたのである。19 88年にはアポローグ・スピーカーシステムを発表し、クラウディオ・ロタ・ロリア氏 によるデザインのこの作品は、ニューヨーク近代美術館に展示されることとなった。1 990年ミメーシス10デジタル/アナログコンバーターを発表し、昨年のCDトラン スポートミメーシス36と、大変計画的な製品開発を行ってきた。価格が1400万円 というアポローグとゴールドムンド全製品を一堂に集め、しかも世界中を飛び回ってい ながらエンドユーザーを前にして話をするのは初めてという同社社長ミッシェル・レバ ション氏が来訪するということで、一段とテンションが高まってしまったのは無理もな いことであった。 一般の方々へは配布されていないが、私の手元には「ザ・ゴールドムンド・ライン」 と題されたオリジナルのパンフレットがある。過去の製品が分野別、発表年代順に紹介 されている内容だが、非常に興味をひくのは表紙の表裏両面に渡って、スイスにある同 社のヘッド・クォーターの建物の写真が使われていることだ。この近代的な建築デザイ ンから、同社がいわゆるガレージメーカーではなく芸術的なレベルでオーディオを捉え ようとしている企業であることが感じられる。その建物の写真のかたわらに次のような 文章が掲げられている。 「Ich lerne viel von dir,Goldmund. Ich beginne zu verstehen was Kunst ist.」 ご想像の通りドイツ語の一節で、訳してみると。「ゴールドムンド、きみのおかげで芸 術とは何かということが私にも少しわかってきたようだ。」こんな感じになるであろう と思われる。今世紀最大の文学者と称されるヘルマン・ヘッセの一節である。彼は人類 史上初めてエジソンが機械式録音に成功した年、一八七七年に南ドイツに生まれたわけ だが、後世のオーディオマニュファクチャラーの社名に、彼の作品の登場人物の名が使 われようとは思いもよらなかったにちがいない。そして、スイスで青春を過ごしたヘッ セの壮年期1930年に、長編「知と愛(NARZISS UND GOLDMUND)」は刊行された。真の 美を追求する彫刻家ゴールドムンドと神に奉仕する哲学者ナルチス。肉と霊を象徴する 二つの魂の反発と友情を、ゴールドムンドの精神の道程を通して描いた3部構成全20 章からなる大作である。みずからの芸術を極めるため愛と放浪に生きたゴールドムンド 。その熱い魂への限りない共感から、オーディオブランド「ゴールドムンド」は誕生し たのである。 そして、この一節を紹介している同社の日本語版カタログのセンスには、ハイエンド ・オーディオを紹介するという情熱と誇りが強く感じとることが出来る。数多くの製品 を販売してきた私から見ても販売促進ツールであるカタログに、これだけの思い入れを 施してくれた輸入元に敬意を表したい。同社の製品を所有するユーザーにとって、将来 的には同社の新製品に買い替えたとしても人生の一時期を当時のゴールドムンドのコン ポーネントで音楽を聴きながら生きてきたという、まさに記念アルバムとして保存する に値する出来栄えである。さて、話は当日の模様に戻るが何といっても圧巻だったのは アポローグの3時間にも及ぶ組立てとセッティングであった。5つのエンクロージャー に分割され、一台の総重量約三二五 に達するアポローグの中心荷重が、親指よりも太 いスパイク・シャフトによって床に設置されるメカニカル・グランディングの構造は見 るだけでその存在感を訴えてくるものがある。そして、司会役の私が当日投げかけた質 問とその答えの中で大変印象に残っていることがある。「御社の製品で共通の構造とな っている、メカニカル・グランディングを開発したきっかけは何か。」これに対してレ バション氏の反応は早かった。「ゴールドムンドを設立して間もないころ、ある目的か ら研究所に重さが2トンもあるコンクリートの塊を運び入れた。その塊の上にアナログ プレーヤーを乗せLPに針を乗せるが、アンプやスピーカーは接続しない。そして、聴 診器の様な器具を2トンのコンクリートに押し当てると、なんと回っているLPの音が 聴こえてくるではないか。我々は、この実験から振動エネルギーを制動するためには物 体の質量に頼り過ぎてはいけないということを教えられた。質量を大きくしていくだけ ではなく機械的な支持点を明確にしていくことで、より制振構造を完璧なものにしてい く手段として、このメカニカルグランディングを開発したのである。」単純であるが、 凄い事をやったものだと関心してしまった。商品化のための開発ではなく、何を追求し ていくのかという基礎研究に情熱を注いだ一時代があったということにゴールドムンド の素晴らしさがあり、今日の同社の製品の奥の深さを窺い知ることが出来る興味深いエ ピソードだと思う。 第二章『スパイク性ピンポイント症候群』 私のフロアーには全国から熱心なユーザーが数多く訪れる。同時に、来日した海外オ ーディオメーカーのトップが数多く訪れる場所でもある。その中でも、私が共通の質問 を発した二者から同様な答えが返ってきて、大変印象に残ったメーカーがある。クレル のダニエル・ダゴスティーノ氏と、カウンターポイントのマイケル・エリオット氏、両 氏に放った質問は単純であった。「一部のメーカーで採用している、アンプにスパイク を取り付けてピンポイントの支点によって設置するという方法をどの様にお考えか。ま た、御社でそれをやらない理由は何か。」クレルのダゴスティーノ氏は、「アメリカで は純正のオプションとして本来の足と交換可能なスパイクは販売している。ただ日本向 けには装備していないだけの事だ。だからスパイクの効用は知っているが、結局はユー ザーの判断で選択すればよいことだと思う。」同様にカウンターポイントのマイケル・ エリオット氏は、「アメリカでは、購入後に我々のアンプに対してスパイクを使ってい る人はたくさんいる。アンプの剛性については何ら問題ないので、ユーザーの好みによ って選択すればよいことだ。」強い語調ではなく、やんわりとした物腰での回答からア ンプ設計者としてはさほど重要視していない傾向が見受けられ、このスパイクについて はユーザーに選択を任せるという結論を出した。でも、あのガルネリ・オマージュを作 り出したフランコ・セルブリン氏の一言。「響きのよいスパイクはない。」といった感 性の方向にアンプの作り手も同類項の選択をしてきたのであろうか。この様にハイエン ドオーディオ界の「スパイク性ピンポイント症候群」とも言うべき事例が数多く出回り 、今では入り口から出口まで見渡してもスパイクを採用していない製品の方が珍しいく らいである。 しかし、「響きの良い」という魅惑的な形容詞には「程好い」という但し書きが必要 になることを忘れてはならないと思う。この「程好い」という言葉を具現化するならば 、数多くのコンポーネントを聴いてきた立場から一つの指標を提案することが出来る。 それは入り口から出口までの全てのコンポーネントに共通して、その構造と素材からの 見方である。その製品に設計者が与えた剛性が、その素材と構造から柔構造(高剛性と 自他共に認める製品群と対比しての表現で、他意はない)となっているものにはスパイ クの使用はあまりお勧め出来ない。(というよりも効果が薄いというべきだろうか)例 を挙げれば、ステューダーのCDプレーヤーやマッキントッシュのアンプ、スピーカー ではタンノイやボーズなどがそれに当たるかもしれない。ゴールドムンドのミメーシス 9に見られるように厚さ六ミリもある鉄板を溶接によって箱に仕上げているようなもの は、どの様に判断すべきかはもうおわかりの事と思う。 第三章『未知による誤解、経験による認識』 「引き締まった低音」「繊細な切れ込み」「ワイドレンジで鋭敏な反応」「端正で涼 しい響き」「硬質な輪郭線」「精緻なディティール」「シャープなフォーカス」「無駄 な膨らみは激しく削り落す傾向」「鋭く瞬発的に立ち上がる見事さ」五年前からのオー ディオ誌をひもとくとゴールドムンドを表現する言葉として、この様な表現が多用され ている。まだまだ書ききれないほどの紹介事例があるのだが、ニュアンスの共通点とし ては十分であり、同様なベクトルを指し示す表現としてうまく言い当てていると思う。 そして、これらの言葉のニュアンスを対象比較するとこんな感じになるのではないだろ うか。「鈍角よりも鋭角」「ソフトよのもハード」「ホットよりもクール」「曖昧より も正確」「ルーズよりもタイト」「軟質より硬質」決して間違いではないのだが、この 様な印象をもたれている方は多いと思う。 しかし、私はこれらの表現について一つの条件を付加した上で理解している。D/A コンバーターを含むアンプ等エレクトロニクス分野では、少なくともこれらの形容で間 違ってはいないと思う。つまり電気信号が入力され、電気信号が出力される機器群とい うことだ。それでは、ゴールドムンドというブランドの音は、これら片方の器の底をほ じくり返しただけの、一方に偏った傾向で終わってしまう味わいの薄いメーカーなのだ ろうか。我々は前述のエレクトロニクス分野の機器群を聴いただけでゴールドムンドを 理解したつもりでいたのではないだろうか。また、これらの個性はどんな目的のために 生み出されたものなのか、ゴールドムンドと同じ視点に立って考えたことがあっただろ うか。私は、これらの答えを昨年のアポローグとの出会いと、今年のCDトランスポー ト・ミメーシス36との出会いの中で発見することが出来た。この『音の細道』第四話 「究極の音を知る価値」の中で述べたとおり、私は、ゴールドムンドのアンプが有する 傾向の延長線上で、アポローグとCDトランスポート・ミメーシス36の音をイメージ していたことが誤りであったと考えている。「ハードの中にソフトな一面があり」「正 確さの中に許容されるべき曖昧さがあり」「クールな中に「硬質ばかりと思っていた表 情に軟質な笑みがある」前述のニュアンスをこんな風に改めなくてはならないという気 がしている。電気信号を機械振動に変換するスピーカー、光信号を電気信号に変換する CDトランスポート。いわゆるトランスデューサーといわれる機器を含めて、すべてゴ ールドムンドの思想で統一して聴くことによって初めて体験出来る絶妙な質感のバラン スが存在するものと実感された。世の中でアンプだけ、スピーカーだけ、と特定ジャン ルの製品群を製造して評価を得たブランドも数多くあるが、ハイエンドというステータ スを大切に真の意味で自らの思想で入り口から出口までを作り上げた例は少ない。同社 の統一システムを聴くことが出来た数少ない人間の一人として、ゴールドムンドの正し い認知と理解を日本の愛好家諸氏にお伝えていく使命感を感じずにはいられないのであ る。 第四章『責任の領域』 先に紹介したゴールドムンドで行われた二トンのコンクリートによる実験の話につい ては、それを誘導したもう一つの質問があった。「確かにメカニカルグランディングの 効用はわかるのだが、メカニカルなアースを取る場合に、その相手となる置き台なり床 はどう考えればいいのか。私のフロアーに置いているラックは一台七〇 の重量がある が、これで十分か。床は木のフローリングが良いのか、コンクリートが良いのか。機械 的なアースを受けさせるものによって音が変わってしまうわけで、メカニカル・グラン ディングの効果を考える時、どこまでそれを追究していけば良いのか。」住宅事情とリ スニングルームの広さ、日本ならではの建築材料の選択など、欧米との違いを理解して 同社の製品をどう使いこなすかの質問であった。つまり、この質問の答えの一つとして 、台になる部分の重量があれば良い、というわけではないというのが二トンのコンクリ ートの話になって返ってきたわけである。従って、二トンのコンクリートの塊でも不完 全なわけだから、大きさと重量を現実レベルで考え、私なりにまとめてみるとこう思わ れる。床に関しては数十 もの重量があるパワーアンプを置くからといって、畳やフロ ーリングをはがしてコンクリートの基礎を地面から立ちあげるのも現実離れしている。 2階にリスニングルームがあったり、マンションなどでは出来ぬ相談になってしまう。 フローリングの場合はゴルフボールを落して良く弾み、しかも高さを持って数回バウン ドするような、そしてボーンとかコーンという音ではなく、小さくコッという音だけで 終わるような状態であればそのまま設置して良いと思う。逆にバウンドもせずに、ボー ルの落下した位置エネルギーが、ボーンとかゴーンという板の振動によって音になって しまうようであれば、タオックやラスクのような重量と固さのある板、あるいは大理石 などを敷いてからスピーカーやパワーアンプを置かれると良いと思う。 畳の場合も同様にお考え頂きたい。それでは、アナログとデジタルの両プレーヤーや プリアンプはどうしたら良いのか。使い勝手の上からも、同様な床置きでは現実的では ない。従って、市販のオーディオラックの世話になるわけだが、基本的にはゴルフボー ルの落下実験で得た結論で取りまとめていくのが間違いないと思う。おりもおり、ステ レオサウンド誌の112号313頁に「オーディオラックの現在形」と題した特集が取 り上げられているので是非ご参照願いたい。少なくとも、木製ラックに見受けられる4 本の金属またはプラスチックのピンに乗せられているだけの可動式棚板に、ゴルフボー ルを落してみてどうなるかは想像に難しくないと思う。だからといって、インテリア的 に妥協点を探した上での選択に異論を差し挟むつもりは毛頭ない。この段階で、前述の 「スパイク性ピンポイント症候群」を思い出して頂き、ご自分の選択に納得して頂けれ ば良いのだ。さて、まだ試してはいないがゴルフボールを落せばコツンではなくコッと いう音だけで、大変高く跳ね返ってくるであろうラックが登場した。ゴールドムンドの 手になる、その名もミメーシス・ラックがそれである。重量は約50kgでラックの中 では超ヘビー級というほどでもないが、その構造にはメカニカル・グランディングその ものが生かされている。3cm×6cmの太さで、高さが53・5cmのスチール製の 黒く塗装された脚柱四本で各コーナーが固められている。ドライバーの握りで叩いてみ てもコッと音にもならない。もちろん、この脚柱から床にはスパイクがしっかりと打ち 降ろされるこ とになる。いま私のフロアーに置いてある実物は、床から天板まで 約5 7cmの高さがある。 棚板の素材をきいて驚いた。同社のCDトランスポート・ミメーシス36に採用され、 アメリカのウィルソンオーディオがWATTのエンクロージャー素材として採用し注目 されているメタクリレートなのである。最上部の天板のサイズは幅565mm、奥行き 435mm、厚さ20mm。その下に三枚の同質の棚板が装備されており、サイズは幅 490mm、奥行き413mm、厚さ18mmである。高速道路を下から支える高架か ら延びている腕のような突出し部分が、鋼鉄製の脚柱から各棚板の下に向かって張り出 している。この腕のような突出し部分に対して、棚板は厚いメタクリレートを貫通する 太いボルトによって強固に取り付けられている。天板の各コーナーには上から脚柱に接 差し込まれたボルトが四本あり、合計20本のボルトが使用されており水平方向に対し てもガタが発生することはありえない。従って、棚板の上下動は出来ないが、この構造 を見ていると今までのラックに対する問題意識がわき上がってしまうのはやむを得ない 事だと思う。何故かといえば、従来からある他の多くのラックは、オーディオコンポー ネントの設計方針と切り離されたところで考えられ作られていたように思えてならない からだ。このミメーシス・ラックは、メタクリレートという贅沢な素材を棚板に使って いるのに、その棚板にCDプレーヤーやアンプ等の荷重を負わせようとしていない。良 く見ると各棚板の四角に直径2cm程の穴があけられており、のぞくと脚柱から突き出 している鋼鉄の腕が見えている。コマのような形にステンレスを削り出したスパイクが 付属しており、この穴に落とし込み使用するのだという。更にゴールドムンド・コーン ズという別売のスパイクをコンポーネントの下部に取付け、その先端がコマの様なスパ イクの上部に合うようにセッティングする。これがミメーシス・ラックのセッティング の基本形となり、コンポーネントのメカニカル・グランディングは棚板を介さず、直接 脚柱から床にアースされることになる。同社のスピーカー、アポローグと同様の構造で あり、システムのフロントエンド各機器に完全なメカニカル・グランディングを実現し ている。そして、ゴールドムンドの製品は勿論のこと、他社の製品についても寸法さえ 許せば収納が可能である。 さて、同社のCDトランスポート・ミメーシス36は何度も聴いているが、それらは 全て木製のラックに乗せた状態の音であった。木製といっても貧弱なものではなく、使 用しているのはハミレックスのBKシリーズで、厚さが50 の高圧縮パーチクルボー ドを天地と側面に使ったもので七五 の重量がある。そこからミメーシス36をミメー シス・ラックのトップに乗せ、その下にミメーシス2aプリアンプ、ミメーシス10C プラスD/Aコンバーターを収納し、パワーアンプはミメーシス9・5でアンサンブル 社のスピーカーであるプリマドンナ・ゴールドに接続した。ごたいそうなラックに納ま ったものだが、ゴールドムンドの音は知っているという自負心があり、冷静そのものに 大変聴きなれているイタリア合奏団のロッシーニをかけた。ボリュームを上げた瞬間に 思わず出た言葉は、「ちょっと待ってよ!」別に音を止めろと言ったわけではない。目 の前に出現した現実が受け入れがたかったのである。音の鮮度が桁違いに高い。困っ、 これまでに聴いてきたゴールドムンドの音は一体なんだったのだろうか。この段階でミ メーシス36はそれ自身のスパイクによってセッティングしたが、ミメーシス2aとミ メーシス10Cプラスは標準のゴム足で棚板に置かれているだけであった。ということ は、この両者にゴールドムンド・コーンズを取り付けてメカニカル・グランディングを 施すと、今聴かされた音の輝きが更に増すというのだろうか。翌日ステラヴォックスジ ャパンの西川氏が来訪され、いよいよゴールドムンド・コーンズを取り付けた。昨日と 同じ曲をかけて思わず唸ってしまった。まばゆいばかりの輝きがより一層強さを増すも のと想像していたが、ゴールドムンドはそれほど単純ではなかった。太陽を見上げて思 わず目を細めてしまうような刺激は取り去られて、サングラスをかけると強い日差しの 中でも状況判断がしやすくなるように落ち着くのである。演奏している音場のコントラ ストが、より細かさを増し余韻のグラデーションが生き生きとしてくる。金属のスパイ クをより多用していくと音も硬くなる。そんな先入観を見事に払拭してしまう説得力が ある。まったく予想を裏切られ更に透明な空間表現へと、うれしい誤算の音の変化ぶり である。メカニカル・グランディングを構成する機械的アースの伝達経路の中に余分な 物が有ってはだめだ。要は中途半端はいけないよ、というゴールドムンドからの啓示な のであろうか。昨年投げかけた、「機械的アースを受けさせるものを、どこまで追究し ていけば良いのか」という問いかけに対して、この様な製品としてズバリ答えを出して しまうことがゴールドムンドの大胆さを物語っている。近い将来にはゴールドムンドブ ランドのスピーカーケーブルも発表するという。自分が生み出した音を、どの様なコン ディションで味わってもらうか。そこまでゴールドムンドは自らの責任の領域として考 え、実現するための手段を提供していく姿勢に素晴らしさを感じる。ゴールドムンドと はドイツ語で「黄金の口」を意味する言葉である。ヘルマンヘッセの作品「知と愛」に 登場する彼は彫刻家であるのだから「黄金の腕」という意味の言葉の方が良かったはず だが。しかし、哲学者ナルチスから見ればゴールドムンドの口から語られる言葉は、彼 にとって黄金にも等しい価値があったのかもしれない。いま我々がゴールドムンドで聴 く音楽のように。 【完】 |
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