第六話 「音の天気予報 その1」
我々が日頃取り組んでいるオーディオは音楽が主役であるが、その媒体である音「音 波」とは何ですか、と問われたら皆様はどのように答えるだろうか。雑誌を開けばハイ エンドオーディオの製品の評論は数多くあるが、改めて音の本質を知っておく事で皆様 のオーディオに対する見識が深まることになればと考えたのである。音響工学の基礎と して、一言で音を定義づければ「音とは空気の疎密波」という事になる。空気の密度が 、濃い部分と薄い部分の繰り返しとはどういうことか。天気予報の天気図にある気圧配 置図を思い出して頂きたい。丸の中に「高」の高気圧は、音でいう空気の密な部分。そ して、丸の中に「低」の低気圧は同様に疎の部分である。自然界の気圧で一気圧は(= 1013mb〈ミリ・バール〉=hpc〈ヘクト・パスカル〉で水が100度で沸騰す る環境)を中心として、東京では台風シーズンに良く聞かれたように、低くて960m bから高い時で1040mbくらいの範囲内で変化している。この気圧の変化の幅が音 波でいうところの音圧、音の大きさとして例えることができる。そして、人間が音とし て聴くことのできる範囲は、この気圧で表現すると最低で0.0000002mbとさ れている。これはどういう状況かというと、無響室のような音のない本当に静かなとこ ろで目の前に座蒲団を敷いて、1m位の高さから米粒を一つ落してきちんと目で追いか け、座蒲団にポトリと落ちた時の音であると言える。従って、肉眼で追跡していかない と聞こえないという人もあると思う。さて、逆に音として感じられる最大のものはとい うと0.2mbの気圧で、ジェット旅客機が離陸の時にエンジンを最大出力にして頭上 を飛び越えていくあの感じである。これ以上は騒音として耳が痛くなってしまい、音と して感じられなくなってしまうのである。この最大最小の幅が120dB、つまり最小に 対して100万倍というのが、自然界の音のダイナミックレンジということになる。 そして、次に音の伝わる速さはどの位だろうか。音速は常温で340m/秒で、気温 が一度変化する毎に±0.6m/秒の変化が発生する。よく音速をマッハいくつ、とい う表現をするが、マッハ1というのは時速1224km/hという事になる。最新鋭ジ ェット戦闘機では、アフターバーナーを点火するとマッハ3に達するものもあり、時速 では何と3672km/hということになるのだ。さて、音の大きさと速さがわかった ところで、音の高低はというと周波数という言葉で、何Hzという表現で雑誌でもよく 見かけるようになる。これは、先程の高気圧と低気圧が一秒間の間に何個発生している かという事で例えられる。人間の耳での検知限は20Hz〜20000Hzとされてい るので、高低気圧がその数だけ発生して繰り返されているとイメージして頂きたい。そ して、天気図でいう高低気圧の拡がり方(はりだしている範)はどのくらいかというこ とが、この辺から推測できるようになってくるわけである。天気図上でこれらの高低気 圧を取り巻いている不規則な輪が等圧線で、その境目に気圧差を表す前線がある。音で いう疎と密の境目で、気圧差±0のところがその前線に当たるのである。その等圧線を 挟んでの高低の1組が1Hzということになるのだ。一秒間に音は340m伝わるとい うことであれば、例えば1キロHzの場合だと、この高低のペアが1000個出来ると いうことだ。音速340m÷1000Hz=0.34m、つまり、それぞれの山と谷が 17cmの高低気圧が出来上がり、山と谷の高さと深さは音の大きさということになる 。 そして、これら山と谷の中間に出来る等圧線の本数と形が楽音や音声の音色として例 える事が出来るわけだ。同様に、音速の340mを周波数で割算することによって、簡 単に部屋の中の天気図が描けるようになる。こんな天気図が何の役に立つのかというと 、まずリスニングルームに発生するフラッター・エコー(定在波)の周波数を知ること が出来る。室内で平行に対面する壁面、天井と床などの距離を測って頂きたい。例えば 、一辺が3.4mで、もう一辺が6.8mの長方形の部屋だったとすると、340m÷ 3.4m=100Hzということになり、340m÷6.8m=50Hzという具合に 発生する定在波の周波数が計算できる。また、平行する反射面の材質によって反射され る周波数が変化してくるので、計算で求められた周波数に加えて実際にはこの周波数の 偶数倍と偶数分の一の周波数でも、レベルは低下するものの定在波がやはり起こってい ると言える。そして、平行な反射面があれば全てこれに当てはまるのである。仮に内径 の横幅が56cmのラックがあって空になっていると、頑丈なラックであっても強度に は関係なく側板と側板の間の56cmの空間には約600Hzの定在波が立ち、その周 波数付近の音質を悪化させることになるのだ。イコライザーを使っての音場補正や、そ の付近の周波数の音波を吸収する吸音材や拡散材を使っての音場補正始めていくときの 基礎知識となるわけである。都心部のマンションにお住まいの方などは、特にこのよう な環境の部屋が多いので、お悩みの方も多いと思われる。さて、このように目に見えな い音の正体が、次第にご理解頂けたことと思う。 次に、周波数の高低によって生じる音波の性質を考えてみる。音波は障害物を迂回し て進行するという性質があり「音波の回折」現象と呼ばれている。それも周波数の高低 によって、その傾向が違ってくるのである。単純な原則として、進行する音波の周波数 が低いほどこの現象が顕著に現れる。逆に周波数が高くなればなるほど迂回する能力が 弱まっていくということになる。言い換えれば、音源から放射される音波に、周波数に 伴った変化をおこす指向性があるということになるのだ。ということは、皆様の部屋に あるスピーカーから様々な周波数の音波が放射されているわけだが、家具の影になると ころやスピーカーの周辺に置いてあるものの影響を推し量りながら、前述の音場補正を より正確に行うことが出来る。これらは音源が障害物に遮られて直接見えなくても、そ の音はちゃんと聞こえてくるということになる。しかし、この障害物に当たった音波が おこすのが一番やっかいな反射ということになる。この反射は周波数に関係なく全帯域 で起こるが、反射をさせる障害物、あるいは壁床天井のそれぞれの素材と表面の状態に よって反射する効率と周波数が変わってくるのだ。聴感上一番問題になるのが一次反射 波と言われるもので、音源から放射された音波が一度反射を受けてリスナーに到達する ものだ。エネルギーの残存量も多く源音に変調を与えてしまい、二次三次の反射波に継 続性のある影響をもたらす。室内のインテリアを構成するガラス、木材、繊維質の物な どの音響的な特質に応じて、この一次反射音の聴こえ方には相当の特徴が発生する。こ れらに興味と関心がある方は、御来店頂ければ個々の部屋の様子をうかがってご相談を 承りたいと考えている。このように、音波の本質と性質がわかってくることによって、 頭の中にイメージとして音が見えて来るようになるればしめたものである。 【完】 |