発行元 株式会社ダイナミックオーディオ 〒101-0021 東京都千代田区外神田3-1-18 ダイナ5555 TEL:(03)3253−5555 FAX:(03)3253−5556 H.A.L.担当 川又利明 |
No.282 小編『音の細道』特別寄稿 *第29弾* 「磨けば光る潜在能力の物凄さ!! 更に引き出されたMOSQUITO NEOの魅力!!」 |
1.ESOTERICと“NEO”の調和 素晴らしいコンポーネントを手にすると、そのパフォーマンスに更に磨き をかけてみたくなるのは、ちょうど料理人が新鮮であり貴重な高級食材を 手に入れたときの心境と同じであろう。 2004年4月に私がめぐり合った数年に一度という惚れ込みようの“NEO”に 更に美しいメイクを、更に気品ある衣装を、そして淑女としてのたしなみ を与え、大人の魅力として複数の表情を持つ美女に仕立ててみたくなるも のである。 しかし、そこに私が要求するのは外観だけの成長ではなく、健康的であり 美しくしなやかな肢体の内側には、強靭であり機敏な反応を示す筋力も同 時に身に着けさせたいものだ。 それを追求するいったんとしてこの教訓が私の脳裏をよぎった!! http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/brn/279.html そう、先ずはシグナルパスのケーブルを一つの思想のもとに統一し、フロ ントエンドからの情報量のひとしずくも取りこぼさないようにと、前回は 一部分が他のケーブルであったが、今日はすべてを“MEXCEL Cable”とし 次のセッティングに切り替えてじっくりと聴き込んでみたのである。 そうしたら…!? -*-*-*-*-今回のリファレンスシステム-*-*-*-*- ESOTERIC G-0s(AC DOMINUS) ↓ ↓ ↓ 7N-DA6100 BNC(Wordsync) ↓ ↓ 7N-DA6100 BNC ESOTERIC P-0s+VUK-P0 (Wordsync) (AC/DC DOMINUS & RK-P0 & MEI Z-BOARD & PAD T.I.P) ↓ ↓ ↓ 7N-A2500 XLR ×2(Dual AES/EBU) ↓ ↓ dcs 974 D/D Converter(AC DOMINUS) ↓ ↓ 7N-DA6100 BNC×1 7N-DA6100 BNC ×2 (Wordsync) (SPDIF-2 DSD Audio Signal) ↓ ↓ dcs Elgar plus 1394(AC DOMINUS+SAP RELAXA3PLUS & PAD T.I.P) ↓ 7N-DA6100 RCA 1.0m(2ch Audio Signal) ↓ Brumester Pre-Amp 808 MK5(AC DOMINUS) ↓ 7N-DA6100 RCA 7.0m ↓ ESOTERIC A-70 ×2 (AC DOMINUS×2) ↓ ESOTERIC 7N-S20000 ↓ MOSQUITO NEO -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 先ずはケーブルとパワーアンプの変化を確認しなければと、聴きなれている 曲からということで押尾コータロー『STARTING POINT』6.Merry Christmas Mr.Lawrence をかけた。http://www.toshiba-emi.co.jp/oshio/ これがいけなかった!! こんな音を聴くべきではなかったのだ!! 「え〜、このエコー感はなに? なんだというんだこれは!!」 良くある例えで、頭をがつんと叩かれたような衝撃と言われるが、まさに このときの第一声を聴いた私はもろに頭をハンマーでがつ〜んと殴られた 心境であった。そのせいでエコー感がいつまでも残っているのか(笑) 押尾の演奏も耳にタコと言えるほどに、時間の進行に伴って展開する演奏 の端々までを記憶しているのだが、こんなに滞空時間の長い余韻感を眼前 で見せられたのは初めてではないだろうか!! ギターのガットが弾かれた瞬間から余韻が消え去る瞬間まで、まるでストップ ウォッチで測れるほどのエコーが“NEO”周辺の空気に漂っていくのである。 しかも、それは難しい例えなのだが、テンションのある余韻感なのだ。 響きの途中でゆるくなってしまい質感が変ることなく、ピィーン!! とリニア な減衰特性で時間の経過にきちんと反比例しながら消滅していくのだ!! 只者ではないぞ、これには参った!! この検証はここでやめるわけにはいかない!! 2.時間を滑っていくようなひと時 ESOTERIC A-70はNautilusシステムに使用していたもので24時間通電を 続けているものであり、本体の熱気は相当なものだ。当然バーンインは 十分にこなしてある。そして、ここ数日演奏を繰り返していた7N-S20000 のMEXCELスピーカーケーブルもかなり熟してきたようだ。 http://www.teac.co.jp/av/esoteric/mexcel/index.html しかし、システムの切り替えではその直後にすべてのパフォーマンスを 引き出せるものではない。だが、この時は各々にバーンインした二つの システムを中間でつなぎ合わせたのだが、まるで熟した果物を何種類も ジューサーで絞り、ミックスしたら未体験の美味と香りが口の中にパッ と広がったごとくの調和を見せていたのである。何も疑いはなく、ただ おいしい、とろけるほどおいしいのである!! 次に12.HARD RAIN にスキップした。この曲の低弦とリズムは独特の重量感 をかもし出しているのだが、ここでも驚きの発見があった!! 「なんと!! 低音の余韻ってこんなに出ていたんだ!!」 MOSQUITO NEOの低域は早い!! しかし、それは楽音そのものが発生した 瞬間と、録音中の楽音がなくなったときに追随するブレーキ感の両方が ハイスピードでなければいけないものだ。つまり、スピーカーが低域の エネルギーを溜め込んで、時間経過とともに質感を変えながら小出しに していくということはあってはいけないのである。 そんな、スピーカーによる低域成分の貯蓄効果? がまったくないものを 聴いた時に、皆さんはどのように思われるだろうか? -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 連続する低域のエネルギッシュな演奏こそ、スピーカーの本性が見えて くるものである。言うなれば、録音に入っていない低音をスピーカーの 個性、演出効果としてどうしても付け足してしまうものが多いものだ。 それらを引き算した音を私はこれまで多数経験してきたのだが、“NEO” の低域はまさに“すっぴん美人”そのものなのである。6.Merry Christmas Mr.Lawrenceで見られた高域のエコー感の素晴らしさ、実はそれは高域だけ でなく低域にこそ、その真髄とも言えるパフォーマンスがあったのである。 再生する低域周波数に関係なく、楽音の発祥と消滅が正確に捉えられると いうことは低音の余韻感が見えてくるということなのだ。つまり、きちっと ブレーキがかかるウーファーを有するスピーカーは、低音のインパルス 応答が素晴らしく、そしてそれが消えていく過程のエコー感の描写力を 究極的に高めているのである。 そして、ここでふと思い当たった!! 「そうだ!! “MEXCEL Cable”のパフォーマンスがこれなんだ!!」 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- ケーブルが伝送過程で失ってしまうものがある。しかし、失ってしまった 情報は音楽のバランスを変質させるので、何かを付け足したような印象を うけるものだろう。 相対的に高域の伝送状態が損なわれれば低域に量的な増加を感じるような ものである。そう、ケーブルの評価では消去法によって音質変化を感じる ものであり、決してケーブルが余韻感や楽音のテンション、質感という情 報を付加させるということはないものだ。今ここで感じられたことは正に すべての経路を“MEXCEL Cable”で統一したことによって“NEO”が敏感に 反応したということに他ならないのだ。そして、ここにA-70という存在感 に新たな光が当たってきたことを私は実感したものだ。 低域の絶妙なコントロールに舌を巻いた後で、多用な楽器が背景を埋めて ヴォーカルも同時にチェックできるものをと「Muse」からフィリッパ・ ジョルダーノ 1.ハバネラをかけることにした。 http://www.universal-music.co.jp/classics/healing_menu.html 「なんと、このヴォーカルとバックコーラスの分離感と質感は!!」 押尾のギターのエコー感がいかに“NEO”の周囲にオーラを発したかとい う驚きが記憶に新しい一瞬に、フィリッパの声にこれほどの滑らかさと 潤いを同時に感実ことはなかっただろうという私に第二の衝撃波が襲った。 ピィーン!! と弾かれ引き伸ばされるギターの余韻感とは違い、複雑な 声質の表現に当たって、発声後に閉じられる口元と再度唇が開かれて ビブラートを繰り返すフィリッパに惚れ惚れと見とれてしまうような 数秒間を“NEO”は提供してくれた。あ〜、この質感をお聴かせしたい!! そして、例のドラムがセンターに響く!! 「あ〜、叩いた瞬間が見えた!!」 前述のように“NEO”が生み出す低域は大編成のオーケストラとヴォーカル を背後に並べた録音に対して、ごく低い周波数で繰り返されるドラムを ぽっかりと“NEO”のセンターに浮かび上がらせるではないか。 一部のスピーカーのように床の上に低音だけが急降下して、這うように 足元に押し寄せてくる低域の表現ではないのだ。ヴォーカルやオーケス トラが並ぶステージに皆が並んで演奏しているという目視を可能にした 見事な配列が“NEO”とESOTERICによっていとも簡単に実現してしまった。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 女性ヴォーカルを快感と愉悦のうちに聴かせる“NEO”を惚れ惚れと眺め、 それではと定番の選曲を私の大脳が要求した。大貫妙子の“attraction” から5トラック目ご存知の「四季」である。 http://www.toshiba-emi.co.jp/onuki/disco/index_j.htm 「おお!! 見える見える!!」 ギターとウッドベースが左右で展開するお馴染みのイントロ。その次に 登場した大貫妙子のヴォーカルが“NEO”の頭頂部のわずかに上の空間に 表れたとき、私は喜び100%に驚き100%を同時に味わうことになった。 まるで大貫妙子の背後に反射板を屏風のごとく並べて、彼女の発する センテンスの終わりの息遣いに至るまでをもったいないと響かせてくれ るような豊潤なエコー感がそこに見えるのである。 “NEO”の類稀な広々とした空間というキャンバスにMEXCEL Cableと A-70が霧吹きで潤いをスプレーし、新緑の木々に宿るみどりの葉の一枚 一枚にしずくがたれるように色彩感を見事に再生するのである。 乾燥した葉が鮮やかに蘇るようなエコー感に包まれて、この曲のサビ で背後を飾る弦楽器の音色もなんと美しいことか!! 私の記憶する大貫妙子の演奏に対して最優秀歌唱“再現”賞がこの時に 確実となった。 3.スケール感を司るものとは? 女性ヴォーカルを主軸として展開されるテスト曲で“NEO”の魅力を 引き出したパートナーの存在感をつくづくと実感していくうちに、その 広大な空間表現を男性ヴォーカルでも確認しなくてはと次なる選曲である。 オーケストラと合唱を背後に従えた録音のRUSSELL WATOSON である。 http://www.universal-music.co.jp/classics/watson/index.htm まず『The Voice』から1.Nella Fantasia イントロが始まったところで、フィリッパのハバネラで認知されたステー ジ感としての水平方向に統一された位置関係と両翼への音場感の広がりが ここでも真っ先に私を捕らえた。この音場感の広さと背景に並ぶオーケス トラ、そしてコーラスとの奥行き感はなんということだろうか!! そして、ここでもハバネラの時のようにグランカッサを静かに叩いてごく 低い周波数でのリズムが時折繰り返されるのだが、その響きの残存性が なんと高いことか。ここでも低域でのエコー感という“NEO”の魅力を再度 確認させられることになった。 「試しに音量を絞ってみるか!? ……えっ!! 」 最低域の響きの消滅までが見える。WATOSONのヴォーカルの口元のサイズは もちろん小さくなるのだが、エコー感のあり方は現状維持を続ける!! こんなことってあるのか? 続いて12.Funiculi - funicla 背後のオーケストラもそうだが、バックコーラスの広がりと各パートの 距離感、そして演奏される空間を物差しで測り、そのまま音量を下げる。 「あ〜、さっきと同じ間隔で音源が並んでいるじゃないか!! 」 にぎやかな曲をボリュームを絞って聴いてみたら、これまでのチェック項目 で“NEO”とESOTERICのコンビが獲得したポイントがそのまま生き続けて いるのだから呆れてしまう。本当か!? 14. 誰も寝てはならぬ Nessun dorma! 導入部からの合唱がNessun dormaの主題を繰り返しアレンジの上手さが光る。 こらえつつも次第に盛り上がる中でRUSSELL WATOSONの声量がステージを埋め 尽くすように展開し、パバロッティのオハコをドラマチックに自分のものと して歌い上げていく。そして、ここでも音量を下げて聴きなおした。 「そうそう、望遠レンズのズームを回して引いたときのようだ!! 」 “NEO”は忠実にヴォーカルとオーケストラの全景を自分の周囲に描き出し 相当なボリュームでもストレスを感じさせることなく聴かせるのだが、 その耳に心地良いフォルテの表現をズームアップと例えるならば、この時 にステージがスーッと遠ざかっていく音量の絞込みはクローズアップから 広角へと視野を広げていくイメージにドンぴしゃりなのである。 音量の増大に伴う音像の拡大はあるだろう。しかし、音量を絞り込んで いっても音場感が維持されるというのは何とありがたいことか!! オーディオにおけるスケール感はやはり相応の音量で求められるものと いうのが一般的なものだが、MEXCEL CableとA-70がサポートしたときの “NEO”はスケール感という概念に新しい一ページを開いたのである。 「これって…、音量を下げても空間表現の大きさは変わらないじゃない!!」 度々述べてきた余韻の存続性、ケーブルによる情報量の維持、それらが 総合的に“再生音量のピアニッシモ”でスケール感の縮小という比例関係 を否定したのである。これは素晴らしい!! 4.“NEO”流? オーケストラの楽しみ方 最近ちょっぴりご無沙汰していた選曲でゲルギエフとサンクトペテルブルク ・キーロフ管弦楽団・合唱団「くるみ割り人形」でチェックすることにした。。 http://www.universal-music.co.jp/classics/gergiev/valery_gergiev.htm 数あるオーケストラの録音でも、この「くるみ割り人形」では指揮者と プロデューサーのセンスなのか大変解像度の高い録音であるということ は以前から承知していた。しかし、一歩間違うと弦楽器と金管楽器の 演奏にはアルミの粉末を刷り込んだようなきらめきが見えてしまうこと があるのをお気付きだろうか? 先日私が聴き惚れたセミヨン・ビシュコフ指揮、パリ管弦楽団による ビゼー「アルルの女」「カルメン」(PHCP-5276 廃盤)ではとにかく弦楽器 のしなやかさ、美しさに心奪われたものだが、これとは録音の感性が 違うとしか言いようがない。そして、それを上手く鳴らすことに私は ここでのチューニングの方向性を見出していたものなのである。 1.序曲が始まった。 「おお!! ホールエコーがいい!!」 たちどころに私の期待感が現実の物となって滑り出していく喜びがある。 トライアングルの音色は本当にソフトドーム・トゥイーターなのかと 耳を疑うほどに鮮明であり、弦楽器群が発するエコーがホールの天井と 壁に反射して手元に届くように情報量が多い。 15.「中国の踊り」 「ファゴットのエコーが長いぞ。ヴァイオリンのピッチカートがいいぞ!!」 そう、低い音階での余韻感が高音楽器のそれと同レベルで展開し存続し ているので、ゆったりとしたホールの奥行き感を“NEO”が聴かせる。 そして、ピッコロ、フルートの痛烈とも言える演奏が、吹き込む息の 強さはあれど決して刺激成分を含まないのである。これは聴きやすい。 16.「トレパーク」 猛烈な勢いでアルコを切り返す弦楽器群に対してパーカッションが背後 から強烈な打音を響かせる。しかし、今までと違う弦楽器の質感に躊躇 しつつ、自然と指がリズムを刻み始める。 「あれ、私はもしかしたら緊張していないのでは!? 」 そう、この曲をじっと正視して各パートの挙動をチェックしようと習慣 付いていた私は、前述の“アルミの粉末を刷り込んだようなきらめき”が どの瞬間に目にとまるのかを身構えて聴いてきたのだった。 ところが、“NEO”ときたら役者が違うと言わんばかりに、今までのスピ ーカーはオーバーアクションだったのよ!! と私に無言のアピールをする のである。確かに、関節炎を患ったバレリーナが踊るようなぎこちなさ は皆無であり、オーケストラの楽員すべての体に天然成分のオイルが 注入されたように演奏の滑らかさが引き立つのである。これはいい!! 「そうか!! どうして“NEO”でオーケストラが聴きたくなるのかわかったぞ!!」 解像度の極みというのは、万年筆のペン先がいかに細い線を引くことが 出来るかという楽音の輪郭、ディティールとして色彩を区分けする境界線 を強調することではないということなのだ。 むしろ境界線が引かれているということを聴き手に悟らせずに、輪郭の 中身に見られる産毛の毛羽立ちのような肌触りを私たちに感じさせるこ となのだ!! その感触を指と耳で私が楽しんでいるから、オーケストラに “癒し効果”とも言える興奮をともなう安らぎを感じるのだ!! MEXCEL CableとA-70は、楽音の産毛とも言える微細な情報をスピーカー まで確実に伝えているということ、そして“NEO”は微風に反応して ミクロのさざ波を起こしている音の産毛がボディーを包み込んでいる スピーカーなのだ!! スピーカーの能力が中立性、高忠実度という視点において、そこに至る プロセスの変化を微妙に、そして確実に聴き手に伝える。オーディオとは コンポーネント全体の連鎖によるパフォーマンスであると私は常々実感 しているものだが、世界的にも希少価値な実演がここに実現した。 ストレスフリーという言葉を実感するには“NEO”が最適である。 試聴の時間は30秒でも3時間でもいいでしょう!! 一度口にした美味を人間は生涯忘れることがないのですから…!! |
このページはダイナフォーファイブ(5555):川又が担当しています。 | |
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