発行元 株式会社ダイナミックオーディオ 〒101-0021 東京都千代田区外神田3-1-18 ダイナミックオーディオ5555 TEL 03-3253-5555 / FAX 03-3253-5556 H.A.L.担当 川又利明 |
2025年1月14日 No.1788 H.A.L.'s impression & Hidden Story - marantz 10Series |
-1- 2024年8月某日、フラッグシップモデルを開発したので試聴して欲しいという 要請を受けて、川崎市の株式会社ディーアンドエムホールディングス本社へ向かった。 プリメインアンプとSACDプレーヤーだというのだが、価格もスペックも事前情報は まったくない状態で、正直なところ何で私が呼ばれたのだろうかといぶかる心境。 H.A.L.'s One point impression & Hidden Story - B&W 801D4 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/news/1685.html その新製品と対面したのは言うに及ばず上記で紹介し私が絶対の信頼を寄せる 株式会社ディーアンドエムホールディングス本社ビルの試聴室でした。 この時の出会いが衝撃的であり私の探求心と好奇心に灯がともった。 これは黙していてはいけない。この10Seriesの登場を皆様に伝えなければと! この新製品が発表されたのは8月30日の16:00、そして9月17日に当フロアーに入荷。 マラソン試聴会2024予告!第一弾・オーディオ界のBMWとは! https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/news/1774.html H.A.L.'s Listening Session Vol.2 - marantz 10Series https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/news/1783.html 上記のような経緯を経ながら当フロアーで聴き続けること三か月。 その間に雑誌やネットでも大きく取り上げられてきた新製品ですが、それらを 横目で見ながら試聴を繰り返してきた私が満を持して語るインプレッションを お届けしたいと思います。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- New Original Product Release - HIRO Acoustic 10th Anniversary Edition https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/news/1776.html 上記の■はじめに、からの一節を下記にて引用してみました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- そんな時代のオーディオ雑誌に書かれていた記事のこんな常套句を今でも覚えています。 「前作を上回る音質」「前作を凌駕するクォリティー」「前作をしのぐ素晴らしさ」 同じメーカーの一年前の製品と比べて新製品がいかに良いかという表現なのですが、 前作と同じ環境とシステム構成で新旧比較したとは書かれていませんでした。 環境もシステム構成も違い一年前に聴いた製品の音質と比較する事など私は 出来ないと思うのです。でも時代の勢いがあれば問題視されなかったものでしょう。 何時の時代でも購入する人々にとって新製品を求める際には夢と希望、期待感が あったからこそ大枚をはたくわけであって、その英断を下した製品が旧製品として 次の新製品の売込みのために踏み台にされての表現に少なからず幻滅し興醒めして きたのではないでしょうか。 私はこの仕事を長年続けてきましたが、新製品の音質を語るためには出来る限り 同じ環境で新旧比較を行い、確たる検証結果に基づいて文章化するようにしています。 しかし、そのような新製品の評価手段を取ったとしても、安直な表現で前作を 踏み台にしたような書き方は極力しないように心がけてきました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 疑り深い私は新製品が出ると新旧の製品をここで試聴して、その違いを分析評価 することで記事を作成してきました。 また、各種ケーブルやアクセサリーに関しても使用前使用後の音質比較を行い、 その違いを実感することから記事を作成し、お客様に実演して私の主観ではない 評価を体験して頂けるという自信が持てるようにしてから執筆してきたものです。 そのようなこだわりがある私は今回の10Seriesも同様に比較する対象があればと 調べてみたのですが、marantzブランドでのプリメインアンプとCD/SACDプレーヤーの 過去の製品で最も高額だったものは次の二機種であることが分かりました。 PM-10 税別定価¥600,000.(2017年発売) https://www.marantz.com/ja-jp/product/amplifiers/pm-10/PM10JP.html SA-7S1 税別定価¥700,000.(2006年発売) https://www.marantz.com/ja-jp/product/archive-cd-players/sa-7s1/810121.html https://www.dynamicaudio.jp/s/20241222132000.pdf 果たして上記の二機種を持ち込んで比較する事に意味があるかどうか、価格的にも 大差のある旧製品との比較では10Seriesの本領を正確に伝える事は難しいであろうと 考えました。 では、私なりに10Seriesの真価を理解するのにどのような方法があるのか、 それを熟慮した結果おおもとの音源データとしてディスクに納められた信号の 精度に応じた音質変化に対する反応を検証し、その正確な信号のピックアップに よって得られる情報量の再現性を確認していくという論点を検討しました。 大貫妙子の通算18枚目のオリジナル・アルバム「ATTRACTION」の「四季」は 今まで20年以上に渡り、欠かせない課題曲という多用してきたものですが、 それは1999年2月に発売された規格品番(TOCT-24064)というCDでした。 https://onukitaeko.jp/project/attraction/ https://artist.cdjournal.com/d/attraction/3198121197 これと同じ楽曲でありながら、2016年に発売されたSHM-CD仕様のリマスター盤の (UPCY-7103)というCDを聴き比べたところ大いなる感動と発見があったのです。 https://www.universal-music.co.jp/onuki-taeko/products/upcy-7103/ システム構成は同じでありながら、同じCDという商品であってもソフトの違いに よる音楽の再現性がここまで違うのか、それを正確に引き出して聴かせてくれる 10Seriesの可能性に着目したのです! HIRO Acousticを背景にmarantz 10Seriesセッティング https://www.dynamicaudio.jp/s/20241230155647.jpg H.A.L.'s Sound Recipe / marantz 10Series-inspection system https://www.dynamicaudio.jp/s/20241118165155.pdf 長年使い込んできた(TOCT-24064)で下記の課題曲を二回、三回と聴き続け頭の中に 音のテンプレートを定着させ、まったく同じボリュームで同じ曲を(UPCY-7103)で 再生してみると、私でさえ未知のレベルで10Seriesが音源データによる音質の 格差を別次元の素晴らしさで抽出していく事実に驚く!この違いは一体何なんだ! 1.「Cosmic Moon」Olivier Pryszlak(オリヴィエ・プリシュラック) Words and Music: 大貫妙子 Arrangement: Olivier Pryszlak Keyboards,Acoustic Guitar,Background Vocals & Programming: Olivier Pryszlak Piano: David Grumel Voice: Dawn Williams Chorus: 大貫妙子 この曲はフランス人のOlivier Pryszlakによるアレンジの他にもサンプリングと プログラミングによって、実に多彩であり多様なSE(効果音)と楽音を創作している アーチストの支配力が光る選曲。 曲の冒頭は雷鳴と雨音から始まり、朝を告げる雄鶏の鳴き声をモチーフにした 演出から始まるファンタスティックな曲。この曲は今まで使わなかったのだが… (TOCT-24064)で聴いても迫力ある音場感の広がりが印象的であったのだが、 今までは雷と雨の様子を部屋の中から窓を通して見ていたのかと思い知る。 それを(UPCY-7103)で聴くと窓を開け放ったように大自然の音の洪水に包まれ、 窓から顔を出して雷鳴轟く空と降りしきる雨の中に身を投げ出したかのような 壮大なスケール感に驚かされ、臨場感の激増が興奮を呼ぶ! 落雷の激震を肌で感じ、雷光に照らし出されたスカイラインが遥か彼方に見える! 不気味に白い一瞬の閃光に視線を飛ばし、HIRO Acousticが描く空間のスケールを 倍増させる情報量の拡大に驚き感動する!この広がり方が物凄い! (TOCT-24064)での雨音はザーという言葉で表現出来るものだったが、(UPCY-7103)では 雨粒の一つずつが木々の葉を打ち、ざわつかせるような高い音階の雨音があることを 聞かせてくれ、地面に打ち付ける低い音程の雨音がスピーカーの周辺に大スクリーンの ビジュアルをイメージさせ、更に屋根から流れ落ちる雨水が水流となって地面を叩く 音の描写も提示してくるリアルさに息をのむ。 楽音ではないSEがもたらした音場感の壮大なスケールアップという変化を、 10Seriesはディスクの情報量にきっちり比例する形で再現する能力がある事を、 たった数秒間のSEによる比較によって思い知らせる先制パンチに私はのけぞった! 眼前に壮大な大自然の音風景を展開させた次の瞬間、サンプリングによる低音の リズムがセンターに湧き起る。この重厚な低音はアコースティックなドラムと違い、 極めて低い周波数を含み、個体感のある打音ではなく正に“湧き起る”という表現に ふさわしい量感と広がりをもって音場感を構成する役目を担っている。 ここにもMODEL10の潜在能力と言える低域再生の醍醐味が感じられ、濃厚かつ重厚な 低音のリズムが無造作に散らばらないように引き締め効果とブレーキをかける妙技を 見せつけて、私が欲している低域の音像をセンターに造形する基本性能の一端を表した。 雷鳴の余波と雨音の微細な描写によって広がる音場感と、HIRO Acousticの有する 低域の音像表現で見事な引き締め効果という相反する方向性を実感した次の瞬間、 右チャンネルのスピーカーが発したシェイカーの質感が更に私を驚かせた! これもサンプリングで作られたパーカッションの音なのだろうが、(UPCY-7103)では シェイカーの中身は砂よりも粒子の粗い粒であり、その粒々がシェイクされる度に 容器の内側に叩きつけられアクセントをつけて演奏される描写力が高まっている。 右スピーカーのオンアクシスで定位したシェイカーは、トゥイーター頭上の空間に 音像を示し、手首のスナップをきかせて振るたびに以前には感じられなかった シェイカーの内部で弾ける粒子の一粒ずつの存在感が鮮明になり、リバーブに よって醸し出された残響が周囲の空間に飛散していく描写力に素晴らしさに驚く! 左チャンネルからは鋭く叩かれるサンプリングによるスネアドラムが炸裂し、 同様に以前よりも延長された残響を残しながら左右のパーカッションが鮮明な 音像を提示するとセンターにはPON PON PONとチャーミングなスキャットが浮かぶ。 このスキャットは懐かしい。私が若い頃に初めて大貫妙子を知った下記のアルバムの ファーストトラックに収録されている彼女のVoicesを思い出していた。 ちなみに当時この曲を聴いていたスピーカーはB&W DM-17だったのだから懐かしい! https://audio-heritage.jp/BandW/speaker/dm17.html#google_vignette 8th Album:カイエ 01. カイエ(I) オリジナル・リリース:1984年6月6日 https://onukitaeko.jp/project/cahier/ この曲は歌声ではなくVoices:大貫妙子としてシンプルなワードを繰り返す。 Magnetic moon Lunar moon Electric moon Self-Existing moon Overtone moon Rhythmic moon Resonet moon Galactic moon Salar moon Plenetery moon Spectral moon Crystal moon Cosmic moon と囁くようなVoicesが中空に浮かび、 Moon Rise Moon Set 13th moonと続き、日本語の二行の歌詞が印象的に表れる。 その間は一貫して左右のシェイカーのリズムと弾力性のある重厚な低音が広大な 音場感を構成し、男性のVoicesが彩りを加え、短いパッセージのピアノが漂い、 スタジオ録音の醍醐味として管理された美しい響きを展開し壮大な空間を描く。 これらのVoicesがしっかりと輪郭を示し、以前にも増して解像度の高い音像として 描かれていく相違点に当然私は気が付いていた。これはいい! 古典音楽とダンスビートを緻密なサウンド・プロダクションとして融合させた、 私が好きなドイツのアーチスト、Enigmaを思わせる「Cosmic Moon」を惚れ惚れと聴き続けた! https://www.universal-music.co.jp/enigma/ https://www.universal-music.de/enigma イメージをつかんで頂くために下記は参考まで https://www.youtube.com/watch?v=ndEe4vcBXmM 6:16と比較的長い曲なのですが、多彩な楽音による旋律の流れとビートのきいた リズムセクションの巧妙な組み合わせの進行が時間を忘れさせてくれる。 私は自説として引き絞られた音像と広大な音場感という指標を再生音に求めて きたものですが、この一曲を聴いただけでリマスターされたSHM-CD仕様のディスク であるという事を差し引いても、オリジナル盤との違いをここまで引き出していく 10Seriesのパフォーマンスに驚き感動してしまいました! 特に私の感性に響いたものは冒頭で述べた雷鳴を含むSEでの表現力の素晴らしさです。 音場感という情報量の有り方を10Seriesによって再認識させられました! ヴァイオリンはこう鳴ってほしい、ピアノはこう鳴らして欲しいという楽音ごとに ユーザーの願望は人それぞれに違うので、個人の好みが介在するところであり、 各社の個性が表れるところなので肯定的に考えざるを得ないところですが、画一的な 音質傾向を絶対値として特定する事はオーディオという趣味の世界では意味がない かもしれません。 しかし、このSEのように楽音に対する個人的な思い入れとは違い、実体験として 客観的に比較する音であれば主観的な好みで良し悪しを測る必要性はありません。 そしてソースとしてのディスクの仕様は違えども、元々のマスターテープに 記録されている信号をディスクメディアに移し替えた二種のCDに関して、 これほど大きな違いをもって聴かせたという10Series、特にMODEL10の魅力と 能力が素晴らしいという事実を確認したものです。 ■Reference Integrated Amplifier MODEL 10 税別¥2,200,000. https://preprod.marantz.com/ja-jp/product/amplifiers/model-10 ★プレスリリースは下記にてご覧下さい。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20241030154637.pdf さて、ここで今回の10シリーズの産みの親であるキーマンを紹介しておきます。 株式会社ディーアンドエムホールディングス GPD サウンドデザイン マランツ サウンドマスター 尾形好宣 氏 親しみを込めて以降、尾形さんと表記させて頂きますが自己紹介をお願いしました。 「私が前任である澤田龍一からマランツのサウンドマネージャー(当時の呼称です。 現在はサウンドマスターと呼称)を引き継いだのは2016年の春のことになります。 最初に次のサウンドマネージャーをやってくれないか?と打診されたのはさらに その一年前になります。 私は1995年に当時の日本マランツ株式会社に入社し、音響事業部CDプレーヤーの 電気設計部門に配属されました。 1995年はCDプレーヤー1号機(CD-63、1982年)から、ずっと採用してきた PHILIPS製のスイングアームメカに代わって一般的なリニアトラッキングの 3ビームメカ(PHILIPS製CDM12.1)を初めて採用したCD-17Dが発売された年です。 CDプレーヤーは普及の時期を過ぎ、熟成の時期に入っていました。 開発途中からの参加でしたが、音質検討の場にも参加するようになり、 この頃から澤田とは顔なじみになっていきました。 私はその後、マランツ初のスーパーオーディオCDプレーヤーSA-1(1999年)や、 2号機SA-14の開発に携わった後、2001年には澤田のいる商品企画部に異動になり、 Hi-Fiモデルの企画に携わるようになりました。 商品企画部では、途中Hi-Fi製品でなく、当時マランツも開発に熱心だったDLP プロジェクターの企画を担当したりもしましたが、2006年に発売したセパレートの ハイエンドであるSC-7S2、MA-9S2、SA7S1の商品企画を担当しました。 翌2007年に準ハイエンドモデルとしてSC-11S1、SM-11S1、SA-11S2を発売しました。 これらのモデルまで担当した後、アメリカ販社の駐在を三年経験しました。 日本とアメリカは全く違うマーケットで、非常に勉強になりました。駐在中は、 アメリカ市場からのフィードバックを日本の商品企画部へ伝達する役割も担っていました。 2010年夏に日本に帰任すると、一旦は商品企画部に戻ることになりましたが、 翌2011年の組織変更により、当時急速に盛り上がりを見せ始めていたネットワーク モデル用のアプリ開発の仕様作成を担当することになりました。 その後、2015年に次期マランツサウンドマネージャーを澤田より打診されることになります」 この尾形さんが登場する下記のインタビュー動画をステレオサウンドが制作していた。 マランツから登場したハイエンドプリメインアンプ & SACDプレーヤー 【動画で徹底解剖】MARANTZ MODEL 10 / SACD 10 いい音には秘密があった! https://online.stereosound.co.jp/_ct/17739182 https://www.youtube.com/watch?v=E_l1JCeFiIo 40分近い長い動画なのですが時間が許せば是非ご覧頂ければと思います。 そして、この中で4:18のところで尾形さんはこう言うのです。 「私の前任の澤田が『SC-7S1』と『MA-9S1』というセパレートアンプをやっていた…」 それはもう22年前という事、プリとパワーアンプのセットで200万円という価格帯で はあったのですが、私が見聞きしてきた海外製の高級アンプに対して素晴らしい パフォーマンスを示していたものであり、その時点において10Seriesの源流とも 言えるmarantzの誇るべき技術力が存在していたのです。 それを私が聴きながら澤田さんにインタビューしていくという形式で解説していた のが下記の随筆でした。長い文章ですが是非ご一読頂ければと推奨致します。 随筆「音の細道」第五十話「Made in Japanの逆襲」2002年8月 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-01.html 広大無辺に展開する素晴らしい音場感を発揮するMODEL10に注目した私は、 marantzの技術力の進化をどのように述べたら良いのかを考えた時に、 その原点と言える経験を子細に述べていた随筆という財産があった事に 思い当たり、この後に随所で引用する事にしました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- そして、marantzの開発陣が成し得た偉業は当フロアーで試聴出来るものであり、 設計者の情熱と技術力を10Seriesのパフォーマンスとして高品位な音質にて代弁 することは出来るのですが、さすがに彼らの努力の詳細までも語ることは出来ません。 雑誌やネットなどでも彼らにスポットライトを当てての情報も少なく、私が感動し 推奨するmarantz 10Seriesの音質を語る本稿にて開発者の存在そのものも商品価値と していくべく、別角度の情報として紹介していこうと考えました。先ずはこれから! ■marantz 10Series Hidden Story Part.1「開発の原点・10Seriesの胎動」 marantz 10Seriesの構想が具体的に検討されだしたのは2019年の秋ごろ。 まず、最初に具体的な検討が開始されたのがアンプだった。 当初はmarantzの新しいフラッグシップアンプで、PM-10の後継モデルであり、 モデル名はMODEL3(仮称)というもの。この時点で、パワーアンプの方式は、 PM-10と同じクラスD方式、スイッチングアンプを採用する方針だった。 実際のところは更に遡り、今回新しく開発したPURIFI社のスイッチングアンプの 検討を始めたのは2018年のことだったという。 この時、後にmarantz初のクラスDアンプを搭載した16チャンネルパワーアンプと して発売されることになるAMP10(2023年発売100万円)で採用したICE Power社製の クラスDアンプも同じ土俵で検討していたという。 かなり以前からmarantzではサブウーハー、サウンドバー、ミニシステムといった 製品群ではクラスDアンプを多数採用してきたが、Hi-Fiアンプとして初めて採用 したのがHD-AMP1(2015年発売)だった。 当初のモデル名は前述の通りMODEL3。ちなみにSACD10は仮称SACD3、Link 10nは 仮称STREAM3というものだった。 なぜ当初のモデル名案 3 が廃案になってしまったのかは定かではないが、 開発陣としては当初案もしくは一桁番の方が良かったとする声もあったという。 そして、翌2020年初頭には後述する最初のデザイン案が完成した。 その後、繰り返し再検討されたデザインや仕様の検討を進める中で、パワー出力の 仕様もアップし、もはやPM-10の後継機という枠を超え、マランツ史上で最もハイ エンドのインテグレーテッドアンプMODEL10へと変化していったという。 企画当初の案は、PM-10の出力400W×2(4Ω、1kHz)と同じ400Wでしたが、 MODEL10では全ての可聴帯域(20Hz-20kHz)において出力を保証するというものでした。 最終的にMODEL10では500W×2(4Ω、20Hz-20kHz)を実現した上で、歪率の帯域保証も 実現できました。(0.005%、125W、8Ω、20Hz-20kHz) ここで200万円越えのハイエンドアンプがセパレート型でなく、インテグレーテッド型 であることに疑問を感じる方がいらっしゃるかもしれない。それに対して尾形さんは言う。 「セパレート型、インテグレーテッド型、それぞれにメリット、デメリットがあります。 PM-10を開発した時のコンセプトはセパレートアンプの良さを一体型で実現するというものでした。 まさに一筐体でセパレートアンプグレードのプリアンプとパワーアンプを搭載 するということなのです。 ・パワースペックを十分なものにする。 ・モノラルパワーアンプを二つ搭載する。 ・パワーアンプとプリアンプは独立電源とする。 ・プリアンプ回路はバランス回路でOPアンプなどを使用しないディスクリート回路で構成する。 というようなものです。PM-10はこれらの条件を満たすものでしたが、今回のMODEL10では コンセプトは維持しつつ、PM-10を大きく凌駕し、更に細部まで徹底的にこだわったもの として考えました」 ■marantz 10Series Hidden Story Part.2「独特なデザインに表れた歴史とプライド」 10Seriesのデザインをまとめ上げたのは同社デザイナー鈴木丈二さん。彼はこう言う。 「marantzブランドの“リアルな音の再現”を目指す姿勢をデザインに反映させたい、 表現させたいと願っていました。10Seriesのデザインではそれを実現することが出来ました。 これらのモデルがmarantzブランドの次の世代への礎となれば嬉しいです。 10Seriesのデザインを担当する機会を得たことは大変に光栄です。 この機会をいただけたことに感謝しています」 marantzの新世代デザインの最初のモデルは2020年に発売されたMODEL30とSACD30n。 MODEL10、SACD10、LINK10n のデザイン構想は30シリーズのデザイン作業完了後の 2019年には予備検討が始まっていた。 この時点では、まだ各モデルの詳細な内容や位置づけは正確には定まっておらず、 あくまで新世代のmarantzデザインとして制作が開始された。 新デザインのコンセプトは、大きく四つのデザイン要素が設定された。 ・Architectural Symmetry of form and elements ・The porthole and circular details ・Tactility of materiality and warmth ・Brand mark treated with reverence 残念ながら、これら四つの要素を日本語で表したものは設定されていないというが、 開発者の思いを想像して意訳してみると次のような感じか。 ・要素あるいは全体の対称性 ・ポートホール(丸い窓)や丸いディテールの要素 ・質感、素材感と暖かみのあるデザイン表現 ・敬意を持って扱われるブランドロゴ MODEL10で採用された中央のポートホールデザインはmarantzの伝統的で代表的なアイコン。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112145636.jpg 当初はアナログメーターを用いた案も作成されたが、最終的には高精細ディスプレイを 採用したものになり、アナログメーター案は同時期に検討されていたハイエンド AVセパレートモデルのうち16chパワーアンプAMP10で搭載された。 2020年の春にはHi-Fiのハイエンド=マランツブランドを代表する製品、という 考え方が明確になり、そのための特別なデザインを開発することになる。 新デザインは“Marantz Continuity”というキーワードで表現されるようになり、 伝統あるmarantz製品の連続性を表現するという。 2020年の秋にはモデル名が最終的に「10」となることが決定され、高精細ディスプレイ、 内部を見せるイルミネーションが提案され、設計は高精細ディスプレイを生かした 画面デザイン、表示内容、イルミネーションを生かす内部構造の検討を始めた。 2021年の春には、内部を見せるデザインのために考案された、後にWaved Top Meshと 命名される波型トップカバーの提案がされた。Waved Top Meshは、MODEL10のために 最初に考案されたが、後にデザインされ同じ要素のトップカバーを持つMODEL M1で 先行発売されることになった。 内部を見せるというアイデアをデザイナー鈴木丈二さんは今後のmarantzモデルでも 積極的に検討していきたいと語っている。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112145834.jpg また、バックシェルと呼んでいるフロントパネル周辺全体に波模様が施された 二段構成とも言えるデザインもこの段階で提案された。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112150008.jpg 2021年初夏には最初のモックアップサンプルが完成し、より具体的な設計プロセスに 入っていく。 2022年春には最初のモックアップ後に細部がブラッシュアップされた二代目の モックアップサンプルが完成。 最終デザインに近い仕上がりになる。内部構造のより具体的な設計作業が進み、 夏にはモックアップサンプルを改造した内部モックアップ(中の具体的な部品 配置が確認できるもの)が作成された。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112150124.jpg 2022年秋には最終デザインのベースが完成。理想を追求した結果、当初案を超える ウルトラハイエンドモデルとする企画案に修正されていく。 2023年春には細部をリファインした量産モデル用のデザインが完成。 ショートスクラッチを施したアルミフロントパネル、パネル周囲の照明(バックシェル)、 内部の照明などが採用された。 また、昔のモデルであるMODEL9のパネルカラーを採用し、(今では使用していない) 新色の提案としてシャンパンゴールドモデル。量産化に向けた詳細設計が進められた。 2024年8月末marantz10Series全世界同時発表。 以下はデザイナー鈴木丈二さんが新10Seriesのデザインを社内プレゼンした時の和訳。 「新10シリーズのデザインは、伝統、パフォーマンス、現代的な高級感を仕上げや ディテールに融合させ、マランツのデザインDNAとテクノロジーを表現し、過去の ヒーローたちに敬意を表しています。 MODEL10は特別なメッシュのトップカバーグリルを備えて、波紋模様は音楽と音の リズムとパターンをバランスとディテールで反映し、繊細で巧みに作られた要素と 自然なタッチによって高級感を表現しています。 アンプ内部の照明により銅メッキのシャーシ、回路基板、音質コンポーネント、 特別にデザインされたトランスケースを見ることができます。 アンプの内部プレゼンテーションは、他社の追随を許さないマランツのテクノロジーと 音質を強く強調しています。 リモコンユニットも新10 シリーズ専用にデザインされました。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112162014.jpg SACD10とLINK10nのトップパネルは高級素材(ヘアライン仕上げアルミニウム)を使用し、 ブランドカラーに染め上げ、マランツのデザインDNAを表現しています。 本体と合わせての高級感のあるインダストリアルデザインになっています。 新10シリーズには、サウンドの世界でマランツの地位を確立した主力製品である モデル7、8、9、10の影響が随所に見られます。 マランツのデザインは、過去の主力製品を基に未来を築いています。新デザインは “Marantz Continuity”と"Luxury"という二つのキーワードで表現されるようになりました」 ■marantz 10Series Hidden Story Part.3「10Seriesこだわりの機構設計とは」 MODEL10を始め新10Seriesの機構設計をリードした上川太一さんはこう語った。 「開発初期にMODEL10で新たに採用したスイッチングアンプの音質を聞いた時は 非常に驚いたことを今でも覚えています。開発初期でしたがサウンドステージの 広さや音数の多さは既に既存製品を超えていました。 この音楽体験をお客様に届けることが出来ることを非常に誇りに思います。 この新10Seriesの新しい意匠や構造はこれまでの製品群と似て非なるように 映るかもしれません。 しかし、これを担当するデザイナーや設計者はPM-10とSA-10を代表とする現行 Hi-Fi製品群の開発者が担当しており、そこにはマランツが持つフィロソフィーと オーディオ技術を継承し、更にはこれらを超えることに挑戦した結果から この様な姿となりました。 オーディオ製品としては音質が重要であることは変わりませんが、この新しい 意匠や質感も合わせてお楽しみ頂けることを機構設計者として願っております」 MODEL10、SACD10機構設計こだわりの詳細を聞き出したので紹介すると… ****** 新10Seriesは外観部品、内部構造部品、各基板、梱包、そのほとんどが新規に設計されています。 起型された部品で構成されている既存モデルと共通して使用する部品はネジ程度の一部の部品です。 新規に設計することは非常に苦労しました。 しかし、既存製品のあらゆる要素を超えることには不可欠の要素として実行しました。 新規パーツの構成比(部品の種類数の割合)は、 新規部品(パネル、カバー、シャーシ等)は 8割を超え、ネジ等従来モデルから使用している既存部品は非常に少なくなっていることから 新規性の高さをご理解いただけると思います。 MODEL 10 :新規パーツ率84% SACD 10 :新規パーツ率87% LINK10n :新規パーツ率89% 主な外装部品はアルミニウム合金で構成されています。アルミ材は加飾性に優れた 美観と硬質な質感を併せ持ち、マランツは伝統的にこの材料を用いており、新10Seriesでも この伝統を受け継ぎます。 特に注目して頂きたいのが製品正面にある我々がバックシェルと呼んでいる部品です。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112162309.jpg 中央に浮き上がったように見える一回り小さいヘアラインのフロントパネルの周囲を取り囲む、 螺旋模様の施されたところです。 実際に表に見えている部分だけで板厚45mmのサイズに有機的な模様とダイヤカット仕上げ を有した贅沢な仕上がりになっています。 この部品は内部の見えていない部分を含めると、約450mm×200mm×60mmという一塊の 巨大なアルミニウム・ブロックからコンピュータ制御された切削加工により1個1個削り出されます。 この精度の高い加工が出来るのは世界でもわずかで、非常に大きな加工時間を要するため、 日々の生産可能数も非常に限られています。 機構設計リーダー上川太一さんは我慢できず更に言葉が続きます。 「私の経験上この様な贅沢仕上がりのアルミ部品は内外で見たことありません。 10Seriesを象徴する部品の一つとなるため注目して頂きたいです。」 サイドパネルも、同様に単なる押し出し材ではなく、準備加工としてL字型に 押し出し処理された後、切削加工により1個1個削り出されています。 この加工とシャーシに施された調整機構により、工場の製造過程において1台1台 接触面を揃えて固定することにより、バックシェルとぴったり揃った一体感のある 面を構成することを実現出来ています。 ハイエンドモデルとして、製品内部の部品レイアウトや構造の美観を追求すべく、 本製品の内部設計には通常のモデルでは参加しないインダストリアルデザイナーも 参画しています。 従来では、製品内部の開発は設計部門が一任されていましたが、これにデザイン要素が 加わることは我々としての初めてのチャレンジでした。 デザイナーとディスカッションを重ねた結果、以下のようなポイントにも注力する ことになりました。 ・外観部品と同様な化粧部品の採用(トランスケースやフォノケース、ヒートシンクへのロゴ印刷など) ・内部を照らす照明機構を搭載する。 ・内部配線が極力見えないような構造を検討する。 ハイエンドオーディオ製品として視覚でも楽しめ、持つことの喜びを感じて頂ける 製品が完成したのではと考えております。 新10Seriesは複数階構造を新たに採用しました。 MODEL10とSACD10は最底部の3.2mm黒塗装鋼板の上に1.2mmの銅メッキ鋼板が2層の計5.6mm、 3層構造の1階シャーシと、1.2mmの銅メッキ鋼板のシャーシを中ほどに持つ2階建て 構造になっています。(Link10nは3階建て構造) これは、3モデルが内部に収める電源トランスやメカなどの主要パーツ、必要基板の 大きさ、基板同士の信号伝達、信号経路の最短化、シンプル化など、様々な要因を 配慮した合理性と生産性、メンテナンス性まで配慮した結果の最適解として考案されました。 インシュレーターが音質に影響を与えることはオーディオに詳しい方なら よくご存じのことと思います。 古くはゴム、プラスチック、各種金属、石など多種多様の素材で市販されています。 マランツでも、新旧あるいはグレードにより、様々なインシュレーターを使用してきました。 今回、新10シリーズで採用したのは、最大外径94mm、厚みは21.5mmのアルミ削り出しを 土台とし、シャーシとの接合部は直径80mm、厚み4mmの銅板になっています。 30kgを超えるシャーシ全体を強固に支えます。 尚、設置面には音質で選んだ羊毛フエルトを使用しています。 marantz 10series Copper and Aluminum Insulator https://www.dynamicaudio.jp/s/20241229175212.jpg MODEL10ではWaved Top Meshによるトップカバーを採用したことは既にご紹介した 通りですが、SACD10とLINK10nではこのWaved Top Meshに代わり、12mm厚のアルミ ニウム製トップカバーが採用されました。 音質(特に空間表現の広さ大きさ)のことだけを考えると、実はトップカバーは 必要悪とも言えるものです。実際、開発途中の様々な検討を行う時には試聴室では トップカバーを付けずに、部品を交換して比較したりをします。 ある程度音質がまとまって、トップカバーをつけてみると「あれ?さっきまでの 音はどこに行ってしまったんだ?」なんてこともあったりします。 これまでの経験上トップカバーの材料は、やはり非磁性体の方が音質上好ましいと感じます。 デザイン性、生産性、コスト、様々な要因からアルミニウムが採用される事が多いのは事実です。 Waved Top Meshであればさらにその影響は少なくなります。 ただし、SACDプレーヤーの様な高速で回転するモーター部があり動作音の発生する 箇所があったり、埃汚れに敏感な光学系があったりする場合は、製品全体のユーザー 使用時の快適性を考えると、出来るだけ製品に開口部は設けたくありません。 SACD10では非磁性体のアルミニウムを採用しましたが、12mmという厚みのものを 採用したのは初めてです。尾形さんも最初の試作品を見たときは驚いて、 「これは量産ではどうなるの?」とエンジニアに質問してしまったほどです。 オーディオ製品はDAC機能、ネットワーク機能、ワイヤレス機能等など、年々仕様が 複雑化し複数の機能を持った複合モデルが増加しています。 それに応じて、内部回路も大きく、基板の枚数も増加します。これまでの製品は 増えた基板は基板を積み上げる様に筐体の中に収めることが多かったように思います。 しかし新10Seriesを検討する中で、これが音質に重要な影響を与えているのではないか? という疑問が生まれました。 様々な検討、議論、意見の集約をする中で、本製品では各基板を単純に積み上げる ことを止め、内部を階層分けし、各基板をそれぞれのシャーシに固定することで 高音質化を妨げないように工夫しました。 当然、各階にシャーシを追加することは部品追加に伴うコストや組立工数の増加が生じ、 構造も新たに設計しなければなりませんが、過去製品の音質を超える新たなフラグシップ として新規構造の採用に至りました。 また、ハイエンドモデルとしての操作感についても一から見直し、ベアリングと それを保持する切削加工されたアルミニウム合金製の構造物を用いた、完全新規 設計のノブ機構を開発しました。 ボリュームノブとソースセレクトノブに採用しています。もちろん、ノブ自身も アルミ材の削り出しです。ノブを回した時の精密感、重厚感など硬質な感触が フラグシップとしての質感を感じて頂けると思います。 -2- 随筆「音の細道」第五十話「Made in Japanの逆襲」第二章 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-02.html 上記のページからコンプリートバイアンプで鳴らしたMODEL10の音場感、空間情報と いうものを語るのに適切な一節を下記に引用抜粋しました。 「音場感が広がっても音像の大きさやフォーカスイメージは一層の解像度が 発揮されていてぼけることがないということだろう。例えれば、テレビ コマーシャルで伸び縮みするストレッチ素材によって作られた湿布薬を タレントが引き伸ばすシーンを見かけたものだが、仮にそのような白い 湿布薬に図柄を書いてから引き伸ばすとする。 それらの図柄は伸縮性のある生地が引き伸ばされるたびに変形しゆがんで しまうが、SC-7S1とSM-9S1による音場感の拡大はそうはならないのである。 つまり、伸縮性のある生地に書き込んだ図柄ではなく、楽音という図柄の ステッカーを貼ってあるので下地の生地がいくら引き伸ばされても、 ステッカーそのものの大きさとフォーカス感はそのままで背景だけが拡大する ということだ。」 独立したプリアンプ専用電源回路と二つのパワーアンプ用スイッチング電源回路を搭載。 高音質化されたHDAM採用のフルバランス・プリアンプとデュアルモノ・シンメトリカル Class Dパワーアンプ、ワンボディーでありながらモノアンプに匹敵するチャンネル セパレーションが空間表現に大きく貢献しているという事を、以前の随筆ではプリ アンプの貢献という見方から下記のように述べていた。 「同じメーカーでもモノアンプにした場合には発生する音場感の広がり方がステレオ アンプに比較しても顕著に拡大されるのである。 言い換えれば楽音が発した余韻が広がっていく空間の大きさはモノアンプの方が左右、 上下、奥行き感の各々の方向性に対して優位性があるということだ。」 「今回の『MA-9S1』もモノラルアンプであるのに、なぜmarantzのペアにした途端に これほど音場感が拡大されるのであろうか。 と、いうことは…これは…、もしかしたらプリアンプにおけるチャンネル セパレーションの違いが出たということか!?」 という私の問いかけに対して澤田さんは次の結果を誇らしげに語った。 「“Super Audio”ではもちろん20kHz以上についても問題となります。 これに対してアンプ側の実力はどうでしょうか。中級のステレオ・プリメイン アンプでは、相当良いものでも60dB(20kHz)、45dB(100kHz)くらいです。 弊社のステレオプリアンプSC-5/Ver.2(68万円)では70dB(20kHz)、55dB(100kHz)で、 これはかなり良い数値ですが、それでも送り出し側の性能とは隔たりがあります。 私たちはアンプのクロストーク特性が、送り出し側を上回ることを目標としました。 実測でクロストークは、20kHzにおいて105dB(S/Nの限界)100kHzでも95dBに達し、 設定した目標をクリアできました。」 今回の試聴は前述のようにMODEL10二台をコンプリートバイアンプで駆動して いるので、それがクロストークの実際に大いなる貢献をしている事を前提として MODEL10単体でのクロストークとS/Nはどうなのだろうか。これを尾形さんに尋ねた。 尾形: 「ご質問のMODEL10のクロストークですが、1kHzでは115dB、20kHzでは95dBです。 Integrated ampの為、SC-7ほど空間が取れていないので若干SC-7には及びませんが 絶対的な性能の数値としてはよい部類と思います。 でもオーバーオールでのS/N、THDはSC-7/MA-9よりも改善していると思います。 川又さんの随筆でのSC-7S1とSM-9S1から4年後に発売された新しいセパレート アンプであるSC-7S2とMA-9S2のカタログスペックより抜粋すると次のようになります。 S/N比はSC-7S2バランス伝送の場合105dB、アンバランスで108dB、MA-9S2は123dB。 それに対してMODEL10ではトータルで122dBを達成しています。 また歪率に関してはSC-7S2では0.0015%、MA-9S2では0.01%ですが、MODEL10の カタログでは控えめに0.005%としました。しかし実力上は0.001%以下です。」 20年前のセパレートアンプとのスペックとの対比に意味があるのかという事に関して、 試聴した新製品に魅力を感じなかったら発しない質問であり、私が感動した音場感を 実現している要因を探ろうとしての質問でした。 スペックがいいから音がいい、のではなく聴いてみて音質が素晴らしいのは何故か という論点において、その要素を一つずつ探り出していくという私の考え方なのです。 ■marantz 10Series Hidden Story Part.4「MODEL10のエレクトロニクスに関して」 MODEL10の設計リーダー村山匠さんはこう語った。 「入社して以来、HiFiアンプのフラグシップとしてPM-11S3、PM-10 といったモデルも 開発してきました。しかし、同じフラグシップと言っても200万円を超える製品と いうのは異次元の存在で、このモデルの開発は大きな挑戦でありました。 開発を終えて、従来のモデルを大きく凌駕する音質を実現できたことにとても 満足しています。MODEL10のこだわりをもって実現したスピーカーの駆動力、 全周波数帯域における低歪化といった要素は長い開発期間通じて開発メンバー 全員の熱意があってこそ実現できたと思います。 是非皆様にこの音を体感して頂ければと思います」 という設計者のこだわりを引き出しユーザーに紹介していくのは私の仕事。 専門用語が多いので退屈かもしれませんが、私が感動した音質の根拠を技術的に 解説して行きたい。妥協を排した設計要素を聞き出していったのです。 ****** ・新開発Class-Dスイッチングパワーアンプ マランツでは先述のとおり、2015年のHD-AMP1以降、Hi-Fiアンプのパワーアンプ用と して積極的にクラスD方式のスイッチングアンプを採用、開発してきました。 今回、MODEL10用のパワーアンプとして採用したのはデンマークのPURIFI社の技術です。 PURIFI社はまだ設立してあまり時間の経過していない若い会社ですが、クラスD方式の スイッチングアンプを開発する技術は確かなものです。 それは、共同設立者のBruno Putzeys氏の存在です。Bruno氏はスイッチングアンプの 開発エンジニアであり、マランツとは古いお付き合いがあります。氏の前職はオランダの Hypex社のエンジニアでした。さらに遡るとフィリップス社にも在籍していました。 そうです。マランツがフィリップス時代からの仲間であった方なのです。 彼がHypex社に移籍してからも連絡を取り続け、彼が開発したN-Coreシリーズの スイッチングアンプを採用したのが、PM-10であり、PM-12/12OSE、MODEL30です。 そして彼が遂には自身で会社を興し、新たに開発したアンプをベースに、我々が MODEL10用のパワーアンプとして要求した仕様を盛り込んで完成したのが、MODEL10の パワーアンプなのです。 我々はMODEL10のパワーアンプとして必要ないくつかの条件について話し合いました。 ・BTL式の回路を採用し出力パワーは500W+500W(4Ω, 20Hz-20kHz)以上を確保。 2Ωまで規定する。(カタログスペックは4Ω、8Ωのみ) ・歪率を20Hz-20kHzで規定する。 ・プロテクション機能を万全なものとする。各種条件付けを行う。 ・その他、最大外径、動作条件(環境)、電源供給条件、入出力仕様、各種安全規格等 ここで特に注目して頂きたいのが、出力スペックの注記にある20Hz-20kHzの部分、 そして同じく、歪に関する同条件です。 従来使用してきましたN-Coreにおいてもそうなのですが、一般的にはクラスDアンプ モジュールの仕様では1kHzでのみパワーが保証されている事が多く、製品自体の 出力スペックについてもそれに従わざるを得ません。 一方でマランツが長年開発してきましたアナログパワーアンプでは、必ず、 いわゆる人の可聴帯域と言われる20Hzから20kHzまでの範囲で、例えば100Wで あれば、20Hzでも20kHzでも等しく100Wを保証する仕様としてきました。 そこで今回MODEL10の開発にあたっては、アナログアンプと同様に帯域保証した スイッチングアンプを完成させる事をターゲットとしました。 2020年に最初の試作基板を作成し、音質・性能・信頼性の評価を開始しました。 最初の試作の段階からPM-10を凌駕する音質、特に力強さを感じました。 そこから数度の試作、音質確認を重ねてブラッシュアップをしていき、満足する 音質・性能・品質が実現できました。 パワーアンプ基板はモノラル構成となっており、同じ基板が二枚搭載されています。 そして、今回特にこだわりましたのは基板の内製化です。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250113143941.jpg 従来のHypex社製のものはHypex社で生産されたものを購入し、それを工場で製品に 組み込むという形でしたが、今回のMODEL10のパワーアンプは、部品の選定、 基板の設計、実装基板の製造を自社工場(福島県の新白河市にある白河オーディオ ワークス)で行う事でした。 各基板は4.5mm厚のアルミ製ベースに固定し、アルミベースからL字状に延長した 側面にはヒートシンクを搭載しています。 自社で製造できる強みを生かして、搭載するパーツは厳選しています。 部品配置を最適化した4層基板に実装するのは、マランツカスタムの電解コンデンサー、 YAGEO社製高精度薄膜チップ抵抗、WIMA製フィルムコンデンサ、一般的なコネクター 付きの内部配線ケーブルでなく、銅製バスバーと銅ビスを使用した電源供給、 スピーカー出力等々、徹底的にこだわった仕様になっています。 ****** ・新開発パワーアンプ用SMPS(Switched Mode Power Supply)電源 500W+500Wを20Hzから20kHzまで帯域保証するには強力な電源回路が必要です。 パワーアンプをクラスD方式とした上で、この部分をアナログのリニア電源で構成し、 ハイエンドパワーアンプを作られているメーカーさんもいらっしゃいます。 だだし、それではコンパクトな(巨大でハンドリングできないものにしないという 意味です)一筐体でセパレートアンプグレードのプリアンプとパワーアンプを 搭載するということはできません。 そこでパワーアンプと同じスイッチング方式の電源回路(SMPS)を採用し、 コンパクトで大出力、かつ高品質なものを独自に開発しました。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112164144.jpg 開発に要した期間は2年強で、満足のいく最終品になるまでな7回の試作を繰り返しています。 最初の原理試作では、片ch分の基板で、普通のアンプ1台分もあるような大きさでした。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250113144943.jpg 電源供給用バスバー拡大画像 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250113145052.jpg 基板は専任の設計者が電気回路設計者と協議して、最適なパターン設計を行っています。 基板自体はパワーアンプと同じ4層基板ですが、内層の2層を通常の2倍の70μm厚みとしました。 これは後述する低インピーダンス化、低ノイズ化を徹底するためです。 回路に関しては位相シフトフルブリッジ方式を使用する事で、スイッチング損失を 減らし低ノイズを実現しました。 一次側の大電流回路なども2層以上のレイヤーを使用することで、インピーダンスを 極力下げロスが無いように設計されています。 出力の大電流回路は4層をフルに使用してインピーダンスを極力下げる事で最大 出力時にもロスがほぼ無いという優れた回路になっています。 1個のSMPS(L-chとR-chで二つのSMPS電源を搭載しています)だけで、パワーアンプの 出力として800W以上を安定供給出来る余裕のある設計であり、アンプの全ての負荷条件 において、安定供給が可能です。 ちなみにパワーアンプに用途を限定しない場合は最大1100Wの大出力を供給が可能な 電源回路となっています。 使用しているパーツも自社開発ならではの拘った部品を採用しています。 電解コンデンサーはパワーアンプ部同様に、完全新規で音質を吟味したカスタム品を 採用し、ラインフィルタ、含侵処理済のインダクタなども新規に開発した特注品で、 最大負荷時においても問題がありません。 このSMPS電源基板も、パワーアンプと同様に4.5mm厚のアルミ製ベースに固定し、 シャーシの1階部分にダイレクトに固定しています。 ****** ・ディスクリート・バランス型プリアンプ Waved Top Mesh から覗くリアパネル側に見える基板はプリアンプです。 その回路は完全バランス構成の可変ゲイン型となっています。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112163957.jpg 低歪、低ノイズ、低出力インピーダンスが高次元で求められるプリアンプ回路では、 New HDAM回路とNew HDAM-SA3を使い、短い信号ループで、高密度に実装しました。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250113145529.jpg 上から見えるプリアンプ基板は、実は2階部分であり、さらにもう1層のプリアンプ 基板があります。ここにはLINE入力系などのアンバランス信号を入力直後にバランス 信号化する、アンバランス−バランス変換回路、プリアウト用のバッファー回路、 トーン回路などがあります。 このように様々な機能を持つ各回路の接続を、理論的に最も性能が良くなるように配置し、 信号、電源およびGNDパターンを設計しました。回路規模としては、マランツの単体 プリアンプSC-7S2と遜色のないものであり、HDAMを始めとする表面実装タイプの部品に よる高密度実装、レイアウト、立体構造等の最適化によって非常にコンパクトでショート シグナルパスを実現しました。 さらに、MODEL10ではSC-7S2で搭載していないMM/MC対応のフォノイコライザーも搭載しています。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112165044.jpg https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112165035.jpg 10Series共通のフロントパネル背後にあるヘッドフォンアンプ https://www.dynamicaudio.jp/s/20250113145653.jpg ボリュームのコントロールにはMUSES72323という高性能ボリュームICを各chに1個ずつ 採用することで実現しています。 これらのプリアンプ回路は2022年から複数の回路構成を試作・検討し、従来のモデルで 使用していない新規の回路構成としております。 マランツ伝統のHDAM回路の入力部にカスコード回路を追加し、全ての部品と定数を 見直すことで、実力として20-20kHzでの歪率を0.0005%まで低減しました。 SNRも従来モデルに対して6dB以上の改善を実現しています。 性能面・音質面を交互に検討し音質的に使用するし両方の側面で使用する すべての部品を吟味し現在の姿となりました。 20Hz-20kHzすべての帯域に於いて低歪及びSNR改善が実現したことによって、 広い音場と全周波数帯に於いて音調が整った満足いく音質となりました。 ****** ・プリアンプ用リニア電源 プリアンプ回路には専用のアナログ電源が搭載されています。MODEL10のトップ カバーWaved Top Meshから見える中央内部には白色LEDにてライトアップされた トロイダルトランスが見えます。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112164618.jpg MODEL10プリアンプ用電源トランス https://www.dynamicaudio.jp/s/20250113145151.jpg この見えている部分はデザイナーに専用にデザインされたアルミニウム製のケースで、 トップにはアルマイト処理されたマランツロゴ入りの円形アルミプレートが配置され、 高級感を演出します。 内部には、銅メッキ鋼板のケースに封入されたトロイダルトランスが搭載されています。 さらにトランスの下にはケイ素鋼板のシールドを追加して下方向への磁束の漏洩を防いでいます。 トランスは非磁性体の9mm厚アルミニウムの板材を介して、2階部分の銅メッキ鋼板 シャーシにマウントされます。 トランスの右手、ボリュームノブ側にはトランスから出力された電源を整流、 平滑するディスクリート構成の電源回路が配置されています。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112164335.jpg 使用する部品は、シリコンカーバイド・ショットキーバリアダイオード、マランツ カスタムチューンの電源コンデンサ、銅箔フィルムコンデンサ、Vishay製の薄膜抵抗 などオーディオ信号回路と同様に厳選された部品を使用しています。 特にダイオードに関しては、事前検討段階から多数の候補を上げ、サンプルを試聴し、 MODEL10に最適なものを追求しました。 また、電源回路のダイオードとトランジスタを見て頂くと多くの銅板が見えると思います。 これらの銅板は音質検討をするたびに追加をしていき最終的には7枚もの銅板が電源回路に 追加されました。 ここで採用したシリコンカーバイド・ショットキーバリア・ダイオード(SiC-SBD)に たどり着くまでには長い時間がかかりました。 近年のマランツ製品では主にシリコン・ ショットキーバリア・ ダイオード(Si-SBD)を 採用してきましたが、新10シリーズを開発するにあたり、更にもう一歩先に進むため 様々な部品を試しました。 ダイオードにおいては今回8種類(SiC-SBD5種、理想ダイオード3種)のサンプルを集め 従来のSi-SBD含め、述べ8か月に及ぶ時間をかけて性能、音質の比較評価を行いました。 SiC-SBD、理想ダイオード共にマランツ製品としては初めてのトライでした。 SiC-SBD はSi-SBDの改良型で、Si-SBDと同様に優れた高速性をもちながら高耐圧を 実現しています。 理想ダイオードというのは、MOSFETとコントローラを集積した集積回路で、小基板に モジュール化されていることも多いです。順方向電圧がゼロで一方向のみに電流を 流す特性を持っており、順方向の降下電圧による損失は生じません。 理想的なダイオード特性をICにより再現したものなのです。この説明だけ聞くと 非常に良いもののように思えますが、実際にSi-SBD、SiC-SBDと比較してみると 音の傾向が大分異なることが分かりました。 低音のスピード感、解像度、量感などが変化し、アンプ全体の音の傾向が大きく変化しました。 我々の選択はSiC-SBDの候補の一つでした。 この結果は新開発のクラスDアンプとの組み合わせての結果であり、別のアンプとの 組み合わせでは異なる結果だったかもしれませんので、詳しい比較評価結果は記述 しないことにしますが、我々にとっても興味深い経験となりました。 ****** ・F.C.B.S.とコンプリート・バイアンプドライブについて F.C.B.S.(Floating Control Bus System)は、マランツが独自に開発したプリアンプ あるいは、インテグレーテッドアンプを連動動作させる仕組みです。 最大4台までの連動動作が可能で、MODEL10におけるステレオ、バイアンプの切り替え 機能とは独立した機能になります。 F.C.B.S.が初めて搭載されたのは2002年発売のプリアンプSC-7S1です。 当時はSACD、DVDオーディオによるマルチチャンネルオーディオが提案され始めて 間もなくの時代で、AVアンプを使うことなく、これらのマルチチャンネルソースを 再生することを提供するために考案されました。(最大7.1chとしてステレオプリ、 又はステレオインテグレーテッドアンプを4台にて実現します。) F.C.B.S.機能とバイアンプ機能を同時に使うことで、2台のMODEL10はそれぞれ モノラル・インテグレーテッドアンプとなり、筐体(GND)、電源、回路すべてに おいてL-ch とRchが完全に独立したセパレートアンプを実現します。 これをマランツでは、コンプリート・バイアンプドライブと呼んでいます。 通常のセパレートアンプシステムでは、パワーアンプはモノラルアンプを2台使う ことでセパレーションをより高めることが可能ですが、プリアンプにおいては ステレオプリアンプとなり、筐体(GND)、電源まで分かれた完全なセパレーションを 得ることは困難です。 F.C.B.S.の制御信号、GNDラインはシャーシからは切り離されている為、 音質に悪影響を与えない設計になっています。 ■marantz 10Series Hidden Story Part.5「10SeriesのUX(User eXperience)」 表示仕様や、UXの開発を担当した竹村勝宏さんのこだわりとは。 「高音質再生と共に視覚でも高精細な表示を存分にお楽しみ頂けると思います。 特にLINK10nに関しましては、ネットワーク対応製品であり、今後ともファーム ウェアアップデートにより新たな音楽配信サービスへの対応やUXの更なる 向上に努めて参りますのでご期待ください」 ・新開発フルドット型高精細ディスプレイとのこだわり MODEL10のマランツらしいポートホール型のディスプレイは、TFT液晶パネルを 採用した新開発のものです。実はここで採用しているパネルはアルバムジャケット などを表示できるLINK10nと同じもので長方形のカラーパネルです。 MODEL10ではモノクロに見えますが、単色とそのグラデーションだけではなく、 ごく部分的にわずかに色を付けています。 これはデザイン要素の一つである“ウォーム”さの演出でもあります。 実際フロントパネルのイルミネーションも純白ではなく、暖かみのある白になっています。 MODEL10で使用しているのはパネル全体のうち縦、横550×550ドットの解像度の部分で、 非常に高精細な表示が可能です。 通常のボリューム表示、ソース切り替え、設定メニューなどを表示しますが、 高精細を生かしてより良いものにしようとキーワードが設定されました。 キーワードは3つ“Luxury”“Analog Feel”“Emotional Visual Effects”です。 “Luxury”はデザインテーマと共通で、新10Seriesの統一したテーマです。 “Analog Feel”は、この後にご紹介するボリューム表示の画面周囲の表現や、 レベルメーターの動きなど、液晶パネルという言わばデジタルデバイス(画素が それぞれオンオフする)において、針や、ノブなどのアナログ的なものをどう 滑らかに表現するかということです。 最後の“Emotional Visual Effects”は、せっかくの良いデバイスですので、 それを生かしたハイエンドモデルに相応しく、触って魅力的な心に響く視覚効果を 取り入れようというものです。 このディスプレイで、最も特長的な表現が、MODEL10の電源オン時のシーケンスと ボリューム表示、そしてレベルメーターです。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250114145022.jpg 電源オン時の演出は、高精細ディスプレイならではのものだと思います。 まず、マランツロゴが浮かび上がり、次にマランツスターが続きます。 そして花火のように中心から周辺に向かって放射上に広がっていきます。 https://youtu.be/YTERfnI-eUs?si=eQdfBv4AlCL_d2bT 製品の内部ではリレー回路をいくつか使用していますが、これらが動作する タイミングをディスプレイの起動アニメーションと同期するようにし、 品の良いリレーの動作音とは?という事を考えながら設計されました。 また、メーターに関しては、マランツの過去のモデルでもポートホール内に針式の メーターを採用したモデルが多くありましたが、今回はこれをディスプレイで再現したものです。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112154012.jpg 液晶パネルでメーターの動きを再現するのは非常に苦労しました。 試作ディスプレイの隣に実際に針のメーターをおいて、同じ信号を入力して比較し、 どのようなスピードが良いのかかなり研究しました。 動きをスローにし過ぎると針があまり動かくなって面白くなくなるとか、 俊敏にし過ぎると忙しい印象になっておもちゃっぽくなってしまうなど。 ハイエンドモデルらしい、品のある動きを追求しました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- セパレートアンプにおける音場感のあり方でクロストークに着目して、プリアンプに 関わる要素をひとつ確認した後、MODEL10のプリ部に関してのこだわりを推察するために 下記のページから抜粋してみました。 随筆「音の細道」第五十話「Made in Japanの逆襲」第四章 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-03.html 川又: 「作る側の立場から見てプリアンプに要求したポイントとは何でしょうか? 今までの論点となってきたポイントで、先ずクロストーク(チャンネル・セパレーション)に 関係してくるところでしょうか。入力回路からインプットセレクターへというところでは 主にインピーダンスの管理が重要ということですね。SC-7S1はフルバランス伝送と聞いて いますが、そうするとチャンネルセパレーションについては当然ボリュームコントロールの 回路もかかわってきますね。」 澤田: 「はい、その通りです。高精度、低歪み、高S/N、高安定度で、リンク動作、 トリム調整可能なボリュームを目指しました。アナログボリュームでは、上記の 性能を得ることは極めて困難です。 また従来の電子ボリュームでは、音質的に満足できるものがありませんでした。 一部の高級アンプに使われているDACボリュームは、ラダー型DAC内部の重み付け 抵抗を利用するものですが、回路インピーダンスを充分低くすることができません。 私たちは新しく英国Wolfson、Micro Electronics社の高性能、高精度ステレオデジタル ボリュームコントロール・モジュールを採用しました。」 そして、尾形さんにMODEL10のリニアコントロール・ボリュームにおける高性能な 電子ボリュームとは何を採用したのかと質問したところ明確な回答を頂きました。 尾形: 「マランツは、随筆で書かれたSC-7S1のときに、Wolfson製の電子ボリュームを採用し、 以降の上級モデルでは高性能の電子ボリュームを採用してきました。 Wolfson : WM8816やMicro Analog Systems : MAS6116がその一例です。 MODEL10では日清紡マイクロデバイス(旧JRC 新日本無線)MUSES72323を採用しました。 これらのVOL ICの大きな特徴はボリュームIC内部にアンプを持たない構成というところです。 世の中の一般的な電子ボリュームは、使いやすいように(汎用的、小型化など)IC 内に アンプ回路を内蔵している場合が多いです。上記VOL IC はIC内部にアンプ回路が存在せず、 抵抗の切り替え部分のみがIC化されています。 その為、マランツのアンプ回路と合わせて回路を構成することで、メーカーとしての オリジナリティをより出せると考えております。」 MODEL10の音場感、空間情報という魅力を支える技術力の原点が既に20年以上前に marantzにはあった、いや70周年という歴史を振り返れば更に以前から高度な技術を 持っていたということなのでしょうが、チャンネルセパレーションに関わるシグナル パスの経路をたどっていく上で、marantz独自のキーテクノロジーHDAMの存在がある。 澤田: 「マランツが1992年に開発したディスクリートアンプモジュールを、高速電圧アンプ モジュールHDAM(Hyper Dynamic Amp.Module)と命名しました。 デジタルオーディオ環境では、アナログ時代にはなかったクロックをはじめとする、 高い周波数のデジタルノイズに強くなければなりません。それにはアンプユニットを できるだけ小さくして、ノイズのアンテナとなる回路面積を減らすことが有効です。 オーディオ用高性能OPアンプはこの点有利で、内外のハイエンドアンプにも多数使われています。 しかし既成のOPアンプICでは設計の自由度が制約されます。 そこでディスクリート構成によるアンプユニットをモジュール化して、小さくまとめ たものを考えました。これがHDAMです。 弊社の通信機技術で培った表面実装や多層基板に対する技術が活されています。 このような考え方は、古くは1970年代にマーク・レビンソン(ジョン・カールによる JCモジュール)が採用していましたが、デジタルオーディオ時代になって活きること になったのです。同様のものは、ゴールドムンドなどにもみられます。」 川又: 「あ〜、あれですか!!私にわかりやすい例えをして頂いて恐縮です。確かにマーク レビンソンのLNP-2LやML-1L、そしてML-6ALなどの時代はモジュールを多用していましたね。 そして、ゴールドムンドでもA1からA2、A20、そして近年のJOBへとサーキットモジュールの 進化がそのまま製品の世代代わりに反映されてきたものでした。 そうですか、マランツも同様なことをやっておられたんですか!」 MODEL10ではHDAMとHDAM-SA3の両方が搭載されているという事なのだが、HDAMという モジュールに関しては数種類あるという。SAというのはSuper Audioを意味すると いう事なのだが、SACD10でも採用されている各種HDAMの違いは何か尾形さんに尋ねた。 尾形: 「SAはSuper Audioの略で、3は大きく分けて3つ目のHDAM-SA回路という意味です。 HDAM-SA3を説明するには、それまでのHDAM-SAについて先ず説明させて下さい。」 ■HDAM-SA:2002年〜 2000年に登場したSuper Audio CDやDVD オーディオに対応するため、電流帰還アンプ を進化させるために新たに開発しました。 バッファーアンプや電流帰還アンプのV/I 変換部などに幅広く使用できるモジュールです。 電圧ゲインを持たないアンプモジュールはマランツ初でした。 定電流回路を搭載することで、任意の電源電圧で使用可能。 SC-7S1とMA-9S1で初めて採用しました。 ■HDAM-SA2:2004年〜 HDAM-SAから部品の小型化、改良をした小型のアンプモジュール。 回路の直流安定度を向上させました。PM-11S1で初めて採用しました。 ■HDAM-SA3:2007年〜 HDAM-SA2から、生産性の改善、温度による電流安定度の改善、超高域での安定度向上、 音質改善を図ったアンプモジュールです。SC-11S1、SM-11S1で初めて採用されました。 HDAM-SA2、HDAM-SA3は回路規模、用途によって使い分け、今でもモデル毎に細かい 最適化を行いながら使用しています。 特に、HDAM-SA3は電流帰還アンプのV/I変換部等に使用すると大きなメリットがあります。 現在使用しているHDAMは大きく分けて、HDAM-SA2とSA3を使用しています HDAMとHDAM-SAは全く別の回路で用途・使用する目的等が異なります。10シリーズの アナログ回路はアンプの構成によりHDAM-SA3とHDAMを組み合わせて使用しています。 ****** なるほど、下記ページでは写真.10としてHDAM-SAモジュールの画像を紹介しています。 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-03.html それでは最新型のHDAM-SA3とはどんなものなのか画像を下記に紹介しておきます。 正面 https://www.dynamicaudio.jp/s/20241225155716.jpg 裏面 https://www.dynamicaudio.jp/s/20241225155724.jpg 更に、このページの最後には次の一節があります。 「トップカバーセンターのスリットは放熱のためでなく音質上の理由です。」 MODEL10のWaved Top Meshと称する意匠デザインに通じるものが既に当時から あったのかと読み直して感心したものでした。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 最後に前述のパワーアンプMA-9S1は随筆の下記ページで述べていたものですが、 完全なアナログアンプとして定格出力は300W/8Ω、600W/4Ωを誇り、技術的な 要素も出来る限り紹介していました。 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-04.html しかし、それから6年後に500W/8Ω、1000W/4Ωというハイパワーを誇るデジタル アンプMarkLevinson No53が登場し数年間に渡り当フロアーで活躍してくれたものです。 2008年から発売された下記のMarkLevinson No53でスイッチング周波数を2MHzに したことで音質的優位性を獲得したという記述を覚えていたからであり、実際に このアンプを当フロアーで長期に渡り展示し試聴して来て大変良い音質であったと 評価していたからです。 https://audio-heritage.jp/MARK_LEVINSON/amp/no53.html 素人考えなのですが、PWMのパルスを発生させる際のスイッチング周波数は上記の ように高い周波数の方が有利なのではという先入観があるのです。 MODEL10のプレスリリースにはスイッチング周波数は表記されていませんでしたが、 ステレオサウンドの記事では600KHzと書かれていたことに私は関心を持ったのです。 そこで、600KHzというのはPURIFIが設定した周波数なのか、それとも御社が何らかの 根拠があってリクエストしたスイッチング周波数なのか、尾形さんに質問しました。 すると… 尾形: 「スイッチング周波数はPURIFIが自社の基本姿勢として設定した周波数です。 スイッチング周波数をMHzオーダーに押し上げた場合、性能・効率の悪化が起こります。 性能、効率、コスト等のバランスを考えた場合に、600KHz付近のスイッチング周波数が バランスの取れたものになります。」 という回答。なるほど、当時のメーカーの資料から翻訳されたものを読めば デジタルアンプの音質とスイッチング周波数の関係を自社の理論で優位付けた ものだったのでしょうが、その時代の選択のひとつであったのでしょう。 https://www.marklevinson.com/support/support-amplifiers/NO53-.html いずれにしても、marantz MODEL10の能力と魅力はセパレートアンプとの対比に おいて何ら遜色なく、インテグレーテッドアンプであることのメリットを音質で 表現しているという実感を強くし、更なる試聴を続けていく事にしたのです。 -3- 4.「昨日、今日、明日」 Words: 大貫妙子/Music: Johannes Brahms Arrangement: Febian Reza Pane Strings: 篠崎ストリングス Flute: 相馬 充、旭 孝 Horn: 南 浩之、中島大之 Clarinet: 十亀正司、品川秀世 当フロアーのCDコレクションにて下記のアルバムがあり、時折りの課題曲として まったく同じ第三楽章を聴いていたものです。 ブラームス 交響曲第三番 第三楽章: POCO ALLEGRETTO 指揮:カール・ベーム . ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団. https://www.universal-music.co.jp/karl-bohm/products/uccg-90294/ この優雅な第三楽章に日本語の歌詞を付けて歌っていた大貫妙子のセンスに感動し、 前曲同様に(TOCT-24064)で二回、三回と聴き続け頭の中に音のテンプレートを定着させ、 まったく同じボリュームで同じ曲を(UPCY-7103)で聴くことにしたのです。すると… 「何だ!この音像のリアルさは!ディスクの違いによる品位というものはここまで違うのか!」 前曲では圧倒的な音場感の拡大という変化のベクトルに感動したものだが、この曲で 聴く音像の全てに躍動感と立体感、そして微小な余韻成分の増量という文句なしの変化! そもそもリマスターされたSHM-CD仕様のディスクであるという事は分かっているのだが、 この変化量の大きさは尋常ではない! この格差を体験した時点で私の試聴に対するこだわりを述べておかなくてはならない。 それが今後の試聴にも関わってくるからですが、10Seriesのエクステリアとして 特徴的なイルミネーションは試聴の際にはOLED(Organic Light-Emitting Diode) ディスプレイ表示と共に全て消灯している。 オーディオ製品で使用される各種ディスプレイは専用の駆動回路と電源が必要になり、 デリケートな音質を追求する場合にはDIMMERスイッチと共にオンオフ機能を装備している。 上記のように光るものを全て消灯させて試聴するのが当たり前になっている私は、 この曲を(UPCY-7103)で聴いてから10シリーズのイルミネーションとディスプレイを 全て点灯させて再度聴いてみると、感動した音質から一歩後退することが確認出来る。 音像と解像度、音場感の広さと前後の奥行き感、全ての項目において微妙に劣る。 そんな実験をなぜこの段階でやったのか、前曲ではMODEL10に注目しての分析を 最初に思いついたのだが、この曲での変化で私の視点はSACD10に向けられたからです。 ■marantz 10Series Hidden Story Part.6「SACD10誕生までの道のりと情熱」 SACD10、Link10nの電気設計リーダー大久保智史さんはしみじみと語る。 「SACD10は過去にないこだわりをもって作られたSACDプレーヤーとなりました。 設計でひたすら取り組んだのは、回路の低インピーダンス化による熱雑音の 低減と外乱ノイズの抑制とデジタルノイズの完全なる排除です。 構想段階より回路/内部構成にひたすらこだわり、MMMは大きく改善を行い、 内部構成はセパレート構造とし、完全なる理想形になりました。 これらにより今まで聞いたことのない、まるで目の前で音楽が鳴っているような 生々しいサウンドを再生することができました。苦労が絶えない開発期間でしたが、 SACD10を発表することができて大変光栄に思っております」 SACD10はマランツのCDプレーヤー黎明期からの長い歴史の集大成として開発したモデル。 その特徴について説明する前に、SACD10に至るマランツのCDプレーヤーの歴史を辿る。 マランツはD&Mの前身である日本マランツ株式会社時代の1980年にヨーロッパの家電会社の 雄であるPhilips社に買収され、グループの一員となりました。 当時、レーザーディスクが実用化されビデオディスクが先行しており、音声版光ディスクの 登場が待望されていました。CDはオランダのPhilipsと日本のソニーにより規格が制定され、 多くの家電、オーディオメーカーによって、開発が進められていました。 Philipsはヨーロッパの松下電器といわれた総合家電メーカーでしたが、高級オーディオ ブランドを名乗れるブランドではなかったためCDプレーヤーの開発・発売を機会として、 高級オーディオに進出を図っており、marantzブランドをそれに利用しようと考え買収した 経緯があります。 マランツは、1982年発売のCDプレーヤー第1号機CD-63(189,000円)を皮切りに、 Philips製のD/A コンバーターを始めとする各種半導体、独自技術のスイングアーム 式光学系メカなどを搭載して、オリジナル性の高いモデルを次々と開発していきました。 Philips・マランツは、当初マルチビット方式と呼ばれるD/Aコンバーターを 搭載していました。TDA1540という半導体が最初期のモデルです。 TDA1540は14bit精度で、当時日本メーカー製のCDプレーヤーは16bit精度のDACを 搭載していたため、ここの部分だけを見ると劣っているように見えますが、 実際にはTDA1540と一緒に使用されたSAA7030で処理されるデジタルフィルター、 ノイズシェーパーの技術によって同等以上の性能を実現していました。 これにより、D/A変換後のアナログステージにおけるフィルターの次数を軽くして、 ゆるやかなフィルター特性にすることが可能でした。 デジタルフィルターを搭載していない当時の日本メーカー製のCDプレーヤーは同じ アナログステージで、9次や、11次といった急峻なフィルター特性が必要となり、 高音質の実現が困難でした。 この時代のCDプレーヤーの音質は、当時成熟期にあったアナログレコードプレーヤーに 比べて不満の声は大きく聞かれましたが、PhilipsのDACを搭載したモデルは、 前述の技術のおかげで独自の高音質を実現していました。 以降のCDプレーヤーはまず普及を目指して低価格化が進みますが、1985年に発売した CD-34(59,800円)は、前年に発売された10万円を超える上位モデルと同じキーパーツを 採用した戦略モデルで大ヒットしました。 供給が追い付かず、当時Philipsの工場のあったベルギーから空輸され、月に6,000台も 販売されたという事が今でも語り草になっています。 1986年には16bit、4倍オーバーサンプリングDACであるTDA1541を採用し、デジタル出力を 搭載した高級機CD-94と初の単体D/AコンバーターCDA-94(共に150,000円)を発売しました。 TDA1541をLch/Rch独立して搭載して高音質を実現しました。 普及が一段落し、CDプレーヤーの音質を大きく左右するのが、D/Aコンバーターであると いう事が知られるようになると、D/Aコンバーターの開発競争が激化しました。 当時の半導体技術と、そもそもの構造から精度の非常に高いマルチビット型D/Aコンバーター チップを大量生産することは容易ではありませんでした。 生産されたDACチップを1個1個精密測定し、精度の高い選別品にクラウンマークを印字して、 高級プレーヤーに搭載するようになっていきます。 マランツのCDプレーヤーで最後にTDA1541を搭載したモデルは1998年のCD-7(450,000円)でした。 選別品のダブルクラウンチップを2個左右独立で搭載し、ダブルディファレンシャル構成とし 変換精度を向上させていました。 この時、オリジナルアルゴリズムを搭載したDSPによる3モード切り替えのデジタルフィルターを 初めて搭載し、後の高級モデルでも引き継がれていきます。 SACD10では、デジタルフィルターの切り替え機能に加え、先述の第1号モデルから 搭載された技術であるノイズシェーパーの技術が音質にどのような変化を与えるか 感じて頂ける機能を搭載しています。★後程、川又が言及するポイント しかし、更なる低コスト化、高精度化を実現するため、Philipsはこれまで全く異なる 1ビットDACの開発へとシフトしてきます。 ビットストリーム方式と名付けられた1ビットDACは、1991年に登場する通称DAC7 (TDA-1547+SAA7350)が良く知られています。 PhilipsのLHH700・マランツCD-15等数々のCDプレーヤーで採用されましたが、 実はTDA-1547はマランツのSACDプレーヤーの1号機であるSA-1(550,000円)でも 使用されています。 SACDは、CDと同じくPhilips・SONYによって規格が制定され、次世代の高音質 CDとして1999年に登場しました。 SACDは1ビット信号であるDSDを信号フォーマットとしますが、TDA-1547を4つ並列処理 することでSACDに対応することが可能でした。 この後、2000年にはマランツはPhilipsグループを離れ独立するのですが、 それに先んじてPhilips内でも動きがありました。 D/Aコンバーターの設計部門がシーラスロジック社に売却され、開発部隊も移籍、 SACD再生に対応した1ビットDACであるCS4397を開発します。 2000年のSACDプレーヤー2号機SA-14(250,000円)ではそのCS4397を初搭載しました。 その後もマランツは同じシーラスロジック社のCS4398や、高級モデル向けにはNPC社の SM5866ASなどを採用し2004年のSA-11S1、2006年にはSA-7S1等で搭載していきますが、 DACの開発は20世紀のように盛んには行われなくなっていきます。 SA-11S3(2012年)では、オリジナルのデジタルフィルターPEC777f3を搭載してはいましたが、 DACは当時の最新スペックではなかった192kHz/24bitDACであるバーブラウン製DSD1792Aを あえて音質本位で選定したりもしました。 そこで、約3年間の開発期間を費やして、半導体DACチップを使わないディスクリート構成の ΔΣ1bit DACを搭載するSACD プレーヤーSA-10を2016年に発売しました。 これがSACD10のDACのルーツになるディスクリートDACであるMMM(Marantz Musical Mastering)を 最初に搭載したモデルです。 当時、半導体メーカーのDACチップを使わないD/A変換部を持つCDプレーヤーは、 100万円を遥かに超える海外製のごく一部のハイエンドモデルにあるのみで、 国内ブランドの、しかも定価60万円のSA-10が搭載したことは画期的な出来事で あったと思います。 ここからはSACD10の大きな特長であるディスクリートDACについて説明します。 ディスクリートDACは文字通り、複数の部品から構成されたD/A変換回路です。 半導体メーカー製のDACチップを使うメリットは、開発が不要、開発コストが不要 なので低コストにつながりますし、開発に時間がかかるなどのリスクもありません。 指先程度以下の大きさで実装のスペースも小さくすることができます。 オリジナルのD/Aコンバーターを開発するということは、これらがすべて逆になり 非常に大きな工数がかかります。 ではなぜディスクリートDACを開発、搭載するかという理由はずばり、音質をとことん 追求できることにあります。 CDプレーヤーの黎明期にDACによって音質が大きく変わることが知られるようになり、 最新のDACチップをいち早く搭載することがヒットモデルにつながるという時代がありました。 DACチップのみで音質がすべて決まってしまうことはありません。 周辺回路、使用パーツ、電源回路、シャーシ、構造、インシュレーター等々音質に 影響を与える要素はたくさんあります。 それでもD/A変換部が音質に与える影響は小さくありませんので、ここを自分たちの 手で隅々までコントロールすることができれば、理想の音質への近道となり得ます。 ****** なるほど、聞けば聞くほど奥深い世界があるものだと感心しつつ、試聴の現場へと 戻ることにした。ここで私は今後の10Seriesの音で要チェックポイントを発見する。 ■Reference SACD Player SACD 10 税別¥1,800,000. https://preprod.marantz.com/ja-jp/product/cd-players/sacd-10 ★プレスリリースは下記にてご覧下さい。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20241030154646.pdf 43年前にCDプレーヤーが発売されてから長年に渡りPhilips、BB、TI、旭化成など 半導体メーカーが開発製造したDACチップを各社が製品作りに採用してきました。 そして、技術進化を繰り返してきたオーディオメーカーが求める高音質化への挑戦と DACという用途の市場規模の縮小などもあり、高級デジタルプレーヤーにおけるD/A コンバーターに関して、自社開発のディスクリートDACを採用するハイエンドブランドが 増えてきました。それを前提として上記リリースより下記を抜粋引用しました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- マランツの理想のサウンドを追求するために、完全オリジナルのディスクリート D/Aコンバーター「Marantz Musical Mastering(MMM)」を搭載。 MMMは「SA-7S1」や「SA-11S3」で使用されたオリジナルデジタルフィルターを さらに進化させた「MMM-Stream」とDSD信号をアナログ変換する「MMM-Conversion」 で構成されています。 MMM-Streamは、独自のアルゴリズムによってPCM信号を11.2 MHz/1bit DSDデータに 変換し、後段のMMM-Conversionに送り出します。 その過程において行われるオーバーサンプリング、デジタルフィルター、ΔΣモジュレーター、 ノイズシェーパー、ディザー、レゾネーターなどの処理を全て自社開発のアルゴリズム、 パラメーターで行うことにより、理想的なサウンドを実現しています。 また、デジタルフィルター、ノイズシェーパーディザー、ディザーについては ユーザーによる設定の切り替えができ、好みに合わせて音色を調整することができます。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- さて、ここで音色を調整する機能があるという事なのですが、私がSACD10本来の 魅力と能力に感動した“ある設定”という事実に触れなくてはなりません。 前述のようにイルミネーションとディスプレーを消灯した状態にて、上記の リリースにはありませんが、SACD10のセットアップにて「Digital Out」の オンオフという設定があり工場出荷時ではオンになっているのですが、それを オフにしてまったくボリュームで再度この曲を聴いたのですが…!? 「なにこれ!冒頭のクラリネットの音像が鮮明になった!右チャンネルのハープの 弦を爪弾く解像度が凄く良くなった!センター奥のストリングスが生き生きと 輝きだしたぞ!そしてヴォーカルのリアルさ倍増!こんな変化は想定外だ!」 正直に言って、これには驚きました!しかもSACD10を聴き始めて結構な時間が 経っているのに、この質感の高品位化を知らずしてSACD10の真価は語れない! ここで上記のイルミネーションとディスプレーをオンオフさせての変化という事を 述べた意味が発揮されてくるわけです。 この状態でデジタルフィルター、ノイズシェーパー、ディザーをセットアップ メニューで切り替えての実験も当然したのですが、この三種の選択に関しては音色を 調整するという表現の通り、基本的な音質を維持しながら確かに再生音の質感を微妙に 変化させるという面白さはあるのですが「Digital Out」のオンオフによって起こる 変化は私が言うところの音像と音場感の品格を変えてしまうということです! 言い換えれば、イルミネーションとディスプレーをオンからオフにした時の変化と 同じベクトルにおいて、「Digital Out」をオンからオフに切り替えた音は全ての 楽音に関して素晴らしい解像度の向上があるということなのです! 再生音の音色を変化させるというユーザーの好みによる選択ではなく、SACD10の 本質的なパフォーマンスが出現したという感動と喜びに興奮し、前曲「Cosmic Moon」を 再度聴き直さなければならないという事態になってしまいました!これは素晴らしい! まあ、メーカーとしては工場出荷時に「Digital Out」をオンにしておかないと デジタル出力が出ないというクレームになってしまいやすいので、プレスリリースにも あえて書かなかったのでしょうが、こだわりある私としては「なんだ〜もっと早く 言ってよ〜」と尾形さんに愚痴をこぼしたくなってしまいました。 ちなみにデジタルフィルター、ノイズシェーパーディザー、ディザーの三項目に 関しては、工場出荷時点のメーカー設定を評価し私も推奨する事にします。 オリジナル盤からリマスターされたSHM-CD仕様でのディスクによる品位の向上を これほど忠実かつ鮮明に描き出すSACD10の能力の確認。 光るものを全て消灯することで生き返る10シリーズの本領、そして三段階目として 「Digital Out」をオフにすることでノイズ源をなくした私にとっては爆発的な 音質向上の事実がとどめを刺したという印象です。 私はこの時点で10Seriesを評価していく基礎として以上の項目を学習出来た事に 大きく安堵し、更なる試聴を続けていく気力が湧いてきたのでした! -4- 5.「四季」 Words and Music: 大貫妙子 Arrangement: Febian Reza Pane Strings: 篠崎ストリングス Acoustic Guitar: 小倉博和 Wood Bass: 高水健司 Percussion: 藤井珠緒 フランスの若手アーチスト、リリキューブとの共作を含むアルバムにおいて、 日本の情緒をポップスに活かす試みとして大貫妙子のセンスが光るこの曲。 前曲同様に(TOCT-24064)で聴き続け同じボリュームで同じ曲を(UPCY-7103)で聴く。 ここ数日間のルーティーンとなってしまった比較法で、この20年以上に渡り最も 多用してきた課題曲に取り組む。もちろん上記の設定で! この曲は左側の小倉博和のギターと右の高水健司のウッドベースで始まる。 聴き馴染んだイントロからSACD10の素晴らしい音像のリアルさが際立つ! ギターの一弦ずつの解像度はセンターから左寄りの空間でくっきりと爪弾きの 瞬間を細やかに定位させ、ウッドベースの音像サイズがぎゅっと引き締まる快感! そして両者が発する響きの連鎖が私の眼前で空間に交差する描写力の素晴らしさ。 そのセンターの少し奥から藤井珠緒がそっと持ち上げたトライアングルを叩くと… 「えっ、そこまで響きを残していくのか、この余韻感の存続性はいったい何なの!」 この一音で感じられる高音打楽器による残響の滞空時間が倍増しているのはなぜ? SACD10が11.2 MHz/1bit DSDデータにアップコンバートしたPCM信号をMMM-Conversionが アナログ変換すると、シンプルなトライアングルの響きをここまで進化させるのか! いやいや、D/A変換変換のプロセスだけではないだろう。 MODEL10のシグナルパスにおけるHDAMとHDAM-SA3の威力が、単純かつ純粋な高音 打楽器の残響成分をここまで空間に展開させるという音場感の再現性に驚き感動する。 ****** ■marantz 10Series Hidden Story Part.7「SACD10エレクトロニクス設計のこだわり」 大久保智史さんはSACD10における設計の詳細を更に熱弁する。 マランツのディスクリートDACであるMMM(Marantz Musical Mastering)は、これまで 詳しく述べさせて頂いてきましたPhilipsのDACのテクノロジー、その中でもビット ストリームDAC(1ビットDAC)を継承したものになります。 その中身をもう少し詳しく説明します。 MMMは、主に3つのパートに分かれます。前段となるMMM-Stream(MMMストリーム)と、 後段となる MMM-Conversion(MMMコンバージョン)そして、その両者を橋渡しする デジタルアイソレーターです。 MMM-Stream アッセンブリー画像 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112165906.jpg MMM-Conversion アッセンブリー画像 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112165938.jpg ディスクから読み取られた、又は外部入力端子からデジタルオーディオデータは、 いくつかのデバイスを経由してMMM-Streamに入力されます。 MMM-Streamを構成する主なデバイスはマランツのオリジナルのアルゴリズムが 書き込まれた二つのDSPです。 L-ch用に1個、R-ch用に1個使用されます。ここでは入力された信号により二つの 異なる処理がなれます。 CDの16bit信号などのマルチビット信号は、最大で256倍のオーバーサンプリングが行われ、 11.2MHz (44.1/88.2/176.4/352.8kHz系)あるいは、12.2MHz(48/96/192/384kHz系)の PCM信号に変換されます。更にここでは32bit信号への変換も行われます。 その後デジタルフィルターを通過した後、デルタシグマ変換、ノイズシェービング処理、 ディザー処理などの各種デジタル処理が行われ、最終的に11.2MHz あるいは12.2MHzのDSD 信号に変換されます。 ここから後段のMMM-Conversionに送られる手前で、デジタルアイソレーターによる ノイズカットを行います。 伝達されるオーディオ信号、クロックデータなどは、磁気信号に変換して伝達、 再度磁気信号から電気信号に変換します。 GND(グラウンド)も分離してノイズの伝達を防いでいます。このデジタルアイソ レーターによるノイズカットを、最も効果的に実現できるアナログ変換直前の この部分で処理出来ることもディスクリートDACの大きなアドバンテージです。 通常の汎用DACチップではデジタルアイソレーターを入れるとしても、DACに入力する 手前で行うことしか出来ません。 ここまでは、SACD10の2階部分の大型のデジタル基板部分に実装されています。 後段のMMM-Conversion、更にそのあとのアナログオーディオステージのアナログ基板は、 銅メッキ鋼板で分離されたスペースに置かれています。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112170206.jpg ちなみにSA-10では、デジタル基板、アナログ基板ともに4層構造基板でしたが、 SACD10では倍の8層構造の基板を使用して、信号の低インピーダンス化、ノイズ レベルの抑制、信号パターンの最適化を強化しています。 MMM-Conversionでは、その名の通り入力されたDSD信号をアナログオーディオ信号へ変換します。 MMM-Conversionを構成する主なパーツは、マランツオリジナルのアルゴリズムが書き込まれた CPLD(Complex Programmable Logic Device)、抵抗、コンデンサ、バッファーICなどです。 原理的には、抵抗とコンデンサでフィルターを構成してあげればアナログオーディオ信号が 取り出せます。ただ、ここではオーディオ性能の向上のため、移動平均フィルターという 技術を用いてオーディオ信号を遅延し合成します。 最終的なオーディオ信号をバランス構成とするため、L+、L-、R+、R-信号を生成、 さらに各チャンネルの信号を8chに拡張したのち合成して平均化します。 SA-10では各Chの8個の信号をひとつのパッケージICで処理できるものを採用していましたが、 SACD10では合計32個の分割されたバッファーICを用いました。 このバッファーICは従来使用していたICに比べ、4倍の出力電流を流すことができ、 4.5dBの歪の改善を実現しています。また、ローパスフィルターの抵抗値は従来の 1/3の抵抗値とすることで、熱雑音の低減により、ノイズ性能改善に貢献しています。 このローパスフィルターを形成する部分は、10MHz以上の非常に高速な信号を処理 するため電磁ノイズの発生は避けられませんが、基板の上下にシールドを設置し、 さらに後段のアナログオーディオステージとの境界、L/R 信号の境界には銅板の シールドを新たに実装しノイズの影響を抑制しています。 これらに加え、制御するマスタークロックも従来から15dBノイズレベルの低い 超低位相ノイズを使用、ポストフィルタの抵抗値の低減、使用パーツの見直しなどの トータルの改善によりSA-10に比べてS/Nで8.1dBという大きな性能改善を実現しています。 最終段であるアナログオーディオステージではMODEL10でも採用した新型HDAM、 HDAM-SA3モジュールを採用し、高密度で高性能なユニティゲインバッファー回路、 ディファレンシャルアンプ回路を構成しています。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112170859.jpg ここでもMELFと言われる円筒型の高精度金属皮膜抵抗においては、新10Seriesで 全面採用したVishay社製を使用。さらにマランツの高級モデルで伝統的に採用して きた銅箔フィルムコンデンサ、高音質電解コンデンサなどを多数使用しています。 SACD10では、DAC以外でも高音質を実現するために様々な工夫をしています。 USB-B端子を搭載し、PCなどからの外部DACとして使用することが可能ですが、 外部からのノイズをカットするため、MMMで使用しているデジタルアイソレーターを ここでも採用しました。 マランツは、前述のように伝統的にPhilips製の半導体に加え、光学系メカも Philips製のスイングアーム式(CDM-0、1、4、9など)3ビーム式(CDM12.1、VAM1201など)を 採用してきましたが、D&M時代になってからはCDメカの内製に取り組んできました。 SA-10の時には7代目のオリジナルメカエンジンSACDM-3 が搭載されました。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112170355.jpg この呼称はマランツモデルのみにて使用されるものですが、このCD/SACDディスクを 読み取り、信号の復号化を担う部分は、後にDENONを始めD&M以外の高級オーディオ ブランドでも使用されることになります。 SACD10で使用しているベースとなる回路はこれと同じ構成ですが、SACD10では信号の読み取り、 復号化部分のいわゆるデコーダ基板を作り直しています。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112170438.jpg 尾形さんがサウンドマスターになって初めて、この部分の本質的な音質検討を行い、 抵抗、コンデンサなど音質に大きく関わる部分を全面的に見直し高音質化を図りました。 電源回路においては、SA-10は大型のトロイダルトランスに、アナログ回路用、 デジタル回路用、制御用などその他というような内部巻き線を別回路にし、 それぞれの整流回路、電源回路を個別に用意するというものでした。 SACD10ではさらに進めて、アナログ回路用電源トランス、デジタル回路用電源トランスを 完全に分けました。それぞれは銅メッキ鋼板のケースに入れ、充電材で封入されています。 デジタル回路用電源トランス https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112170539.jpg アナログ回路用電源トランス https://www.dynamicaudio.jp/s/20250112170623.jpg これを10mm厚の非磁性体であるアルミ材を介して、シャーシに固定しています。 これはトランスから出るリーケージフラックス(漏洩磁束)からの電磁誘導による 誘導電流を少なくする工夫です。 マランツの高級モデルにおいて伝統的に採用している手法で、今回の新10Series 全てでも採用しました。 デジタル回路は一般にイメージされているよりも大きな電流が必要です。 SACD10のアナログ回路用の電源容量は4系統約17Wであるのに対し、デジタル回路用は 6系統で約31Wです。(SACD10の消費電力表示値55Wとこれらの合計値は一致しません) アナログ回路用の整流回路には、MODEL10と同様に厳選したショットキーバリア ダイオードとメーカーにカスタム仕様で発注した高音質電解コンデンサを採用した 整流平滑回路、一般的な3端子レギュレーターではなく、ディスクリート回路に よる電源回路で構成されており、高品質な電源がSACD10の高音質を支えています。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 試聴を続けていくうちに私は10Seriesに屈服してしまった! ワンボディーのプレーヤーとアンプなのに、この情報量たるや何とした事か! このボディーを支える筐体構造に関しては前述の語りもありプレスリリースでも 紹介されているが、その足元となるインシュレーターは私が今まで見てきた国産 コンポーネントと比べても大変重厚なもの。そのこだわりを尾形さんに問いかけると… marantz 10series Copper and Aluminum Insulator https://www.dynamicaudio.jp/s/20241229175212.jpg 尾形: 「オーディオ用のインシュレーターは、アクセサリーとして、金属、木、ガラス、 樹脂、ゴム、プラスチックなど様々な材料で提案されているのはご存じかと思います。 マランツでも昔からいろいろな材料を採用してきましたが、それぞれの材料により、 コストももちろんですが、音質も様々です。 今回、10 シリーズに採用したインシュレーターはこれまでの経験から、銅とアルミの ハイブリッドタイプとしました。銅を使用したサウンドの特徴は厚みや重厚感、低音が 豊かな方向の音になります。アルミは、軽快で細やかな表現が得意です。 これらのよいところを併せ持ったものを目指しました。 外から見えるアルミ部分の最大外形は94mm、厚みは21.5mm、銅板部分の直径は80mm、 厚みは4mmです。 予め、アルミ部と銅板を銅ビス2本で固定し、インシュレーターパーツとして アッセンブルしておき、本体シャーシにM4の菊座ワッシャー入りの銅ビスで固定します。 設置面には、音質で選んだ羊毛フエルトを使用しています。」 なるほど、最後の音質で選んだというこだわりに敬意を表します。 そういう姿勢が重要な事であり選択された音質にて私も高く評価しています。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*- 私は微細な信号の再生能力のいったんは高出力に支えられているという体験を 海外の大型アンプで実感してきた事が多々あるが、特定周波数で4Ωを下回る HIRO Acousticに対しても500W/chというMODEL10のハイパワーは大音量だけでなく、 こんな単純な楽音において発揮されたという事実に納得させられてしまった! そんな感動で体温は一度上がった私の4メートル先の空間に大貫妙子が登場する。 「つないだ手に夏の匂い 海へと続く道 光る波と ひとひらの雲 遠い蝉時雨」 すると、ヴォーカルのマウスサイズがぎゅっと引き絞られている描写にはっとする! 既にギターとウッドベースの音像が同様な縮小を見せていたので推測していた変化。 だが私の推測はまだ中途半端だった。センターに浮かぶ大貫妙子に向かって、 私の背後から扇風機で風を送り込んだかのように、彼女の発する歌声にかかる リバーブが後方へ、奥行き方向へと飛び去って行く残響の方向性をも変えていた! 左右に広がる残響の展開ではなく、縮小したヴォーカルの音像の背後へと余韻が 遠ざかっていくという芸当を10Seriesで初めて私は体験したのかと驚く! 上下左右の軸に加えて前後という奥行き方向の遠近感が素晴らしく、三次元的な 響きの消失点をHIRO Acousticの向こう側へと拡張していく空間表現に驚喜する! 「山は燃えて草は枯れて 瞳は秋の色 風が立てば 心寒く 陽だまりの冬」 このフレーズの直後にひそやかなFebian Reza Paneのピアノが登場する。 センターのヴォーカルのやや右後方に定位するように控えめな音量でゆったりと した演奏だが、その質感はくっきりとして他の伴奏者との混濁が一切ない。 この最後の“冬”の発声の直後に篠原ストリングスの弦楽器がチェロから入ってくる。 チェロが二人、ビオラ一人、そして篠崎正嗣ご本人を含め三人のヴァイオリンが HIRO Acoustic周囲の空間を見事に埋め尽くしていく。 しかし、一切他のパートとは混じり合うことなく、ギター、ベース、ヴォーカルの 背後にポジションを取っている。 ここでもSACD10の解像度の素晴らしさとMODEL10のハイパワーのゆとりを私は直感する! 6人の篠原ストリングスが弧を描くようにスピーカー後方に展開し、流れるような アルコの繰り返しが空白を埋め尽くすようにヴォーカルの背景に浸透していく。 この弦楽器の質感たるや何と美しいことか!これでプリメインアンプなのか! そして、ここでミキシングエンジニアの技量が光るネタが聴き取れる! 大貫妙子の背後にストリングスが展開すると同時にヴォーカルにかけられていた リバーブがふっと消失する。このテクニックに気が付いて欲しい。 横並びのストリングスが左右に拡散していく残響とオーバーラップしないように、 センター定位のヴォーカルの余韻をすうっと消し去っている妙技を決して隠さない、 いや!10Seriesの高忠実度はディスクに記録されている信号に対して忠誠を誓って いたという証だろう。 「求め続け待ちぼうけの あなたのいない季節 うけとめては とけて儚い 春のぼたん雪」 この間はギター、ベース、ストリングスがヴォーカルの周囲を取り囲むようにして展開し、 編曲者であるFebian Reza Paneの才能が光るところだろうか。 冒頭のフレーズと同じメロディーでありながら伴奏に弦楽が加わり、演奏に厚みを 加えながらも各パートの分離感が素晴らしいので安心して聴き続けることが出来る。 「水に落ちた 赤い花よ」 このフレーズはまたまた編曲者の腕の見せ所だろうか。 「ミ・ズ・ニ・オ・チ・タ・ア・カ・イ・ハ・ナ・ヨ」このように日本語の読みの 一文字ずつに伴奏者が個々の音階で一音ずつ出し合い、ヴォーカルとのシンクロを演出する。 そして、大貫妙子の口から発せられる区切られた各音節のひとつずつの完了と同時に、 その一音すべてにきれいな響きが付随して伴奏者の余韻感に溶け込んでいくのが堪らない!! 「想いと流れてゆこうか」 あっという間にここまでで1分54秒が経過するが、このフレーズの後はストリングスだけの 間奏になるという粋な展開。SACD10のアナログ変換方式の美技を再度見せつける。 篠原ストリングスの弦楽器がたった6人だけということを忘れさせてくれるような 充実感が10Seriesによって発揮され、ちょうど2分20秒まで流れるような弦楽器 だけが空間を埋め尽くす。 その空間がHIRO Acousticの右方と左右両翼へ、溢れんばかりの余韻感を行き 渡らせていく情景は聴く人を引き込まずにはいないだろう。実に美しいです! 「さくらさくら★ 淡い夢よ★ 散りゆく時を★知るの★ 胸に残る★ 姿やさしい★ 愛した人よ★★★」 ここでは歌詞の中に★印を付けてみた。このタイミングで藤井珠緒がハンドベル“鈴”を鳴らす。 一個の鈴の中にある球が何回も鈴の内部を転がり打つように響き、ハンドベルの音色に これほど多彩な色彩感があったのかと驚かされる。MODEL10のデリカシーが心地いい! そして、ベルの個数がこれほど多く感じられ、そのエコー感がふんわりと漂っている。 余韻感が豊かだということは同時に音場感の広さを感じるものであり、その位置関係は スピーカーの位置とヴォーカルの更に奥行き方向の中空にぽっかりと浮かぶ。 そうだ、HIRO Acousticを鳴らす10シリーズでは前後の定位感も素晴らしく、 左右のスピーカーを結ぶ直線のはるか後方に、その像を結び前後方向の定位感としての 立体感もこともなげに聴かせてくれる。ここまで空間表現を10シリーズは拡大していた! 「さようならと▲ さようならと▲ あなたは▲手をふる▲ 鈴の音が▲唄いながら▲ 空を駆けてく▲ ▲▲▲▲▲▲▲▲」 同様に▲印を付けたところで右チャンネル後方から藤井珠緒が今度はクラベスを叩く。 このクラベスの再現性もシステム構成によってかなりの違いがある。 あるシステムでは、打音の瞬間があたかも折れ線グラフが直角に立ち上がった ような直線を思わせる切れ込み鋭い硬質な音色となってしまう反応を示すものがあった。 暗闇の中で突然目の前でストロボを焚かれたようなイメージだ。 それほど瞬間的な光の放射であり、その残像が網膜の上で次第に消えていくような 質感をイメージして頂ければと思う。しかし、ここが問題だった。 その時のクラベスの打音は、そのスピーカーが位置する一点で起こり、そして消滅 していったのだった。もちろん、他のスピーカーがすべからく同様なイメージと いうわけではないが、この10Seriesによるクラベスは右側のHIRO Acousticの はるか後方の中空から現れた。三次元的定位感の素晴らしさに圧倒される! トゥイーターの軸上という音圧が最も高いところで時間軸を圧縮したような強烈な プレッシャーを伴った打音ではなく、クラベスとの距離感を十分にとったように 間接音を含み、それがスタジオワークによる巧みな演出であるということを知りつつも、 その演出効果が快感を伴って空気中に余韻を溶け込ませていくのだから堪らない!! 私が強調して述べたい特徴として、材質は伝統的にローズウッド、黒檀などの木材で 作られるクラベスですが、10Seriesが鳴らすと自然な木の質感をしっかりと感じさ せてくれるという事が素晴らしい魅力だという事なのです! 虚空で発した15回を数えるクラベスの余韻は、その発生ポイントから彗星のような 尾を引きながら右後方へと飛び去っていく消失までの軌跡をしっかり見せつける! そんなドラマチックな音波の発生と消滅を10Seriesの有する圧倒的な情報量として 私を納得させ、尾形さんたちが求めてきた究極の目標を実現させたのだと納得した! 大貫妙子の「四季」はこうしてヴォーカルが終わりを告げ、クラベスとストリングスだけの ゆったりした情緒的な余韻に見送られて4分12秒のドラマに幕が引かれた。 ごく普通の市販ディスクでありながら、実に多様性のある検証と発見をさせてくれる 課題曲は今回のシステムで私に初体験をさせてくれた。この収穫は実に大きい!! この私が感動した10Seriesの完成度の高さを尾形さんはこう語った。 「出来上がった新10Seriesは新世代のマランツデザインを存分に具現化し、現在 マランツのエンジニアが持てる技術とアイデアを存分に発揮して完成させました。 音質に関してはサウンドフィロソフィであるIn Pursuit of Purity(純粋さの追求)を 音で具現化できたのではと考えております。 是非、多くの方に実際にmarantz 10Seriesの音を体験してと頂ければ願っています」 -5- さて、今回は三曲の課題曲で私の思いのたけを述べたものですが、実際には それ以上の多くの曲を聴いてきたものであり、音楽ジャンルを問わず実に多彩な 楽曲の全てに共通する特徴を説明するために絞り込んだ選曲というものでした。 以前からオーディオマニアは特定の楽器の特定の再生音が変化したという事に 一喜一憂して、音楽性にたどり着かないナンセンスな議論をしている…という 風に言われていたことがありました。 確かに、あの音がこう変わった、あの楽器のこのパートの音質が変化したなどと 近視眼的なこだわりで言い合っているという傾向はあると思います。 そのような見方からすれば、私が今回…いや、今までに書いてきた文章などでは 正に特定の再生音に注目しての変化を述べていたという事も事実だと思います。 しかし、他にどのような方法があるでしょうか。 交響曲の全楽章を聴いて、それらの音質を数行で、あるいは1ページでという短文で 語る事でオーディオシステムの音を果たして解説出来るのでしょうか? また、音楽ジャンルは問わず、オーケストラの歴史をどれだけ知っているのか、 指揮者の履歴や実績をどれだけ知っているのか、ジャズやポップスのアーチストの バイオグラフィーをどれだけ知っているのか、という知識と情報の多寡によって 聴いた音を知り得る知識との連携において自己解釈して述べる事が音楽性を語る という事になるのでしょうか? オーディオシステムにおける音質評価という行為において、聴き手の感性による 理解と解釈という事を文章によって表現し伝達するという事がいかに難しく、 ある意味虚しい努力であるとも言えると思うのです。 では、私が録音されている音の情報を特定の再生音の変化と比較によって語る事に どのような意味があるのかという事なのですが、私が述べた音質表現に関しては 大きな自信を持っています。どうして自信過剰ともいえる物言いが出来るのか? 雑誌やネットというメディアを通じて、オーディオに関する世の中に存在する多くの 記事と文章を書いている人々は、自分が書いた文章に関して実際の音として証明する 義務はなく必要性を求められることはありません。 そのような責任の所在がない、言うだけ書くだけ投稿するだけという行為に対して、 私が述べている再生音の各論とも言うべき一つの楽音の変化というものを実際に ここで実演して証明できるという事に決定的な違いがあるという事実です! 前述の試聴記事で最後に述べたクラベスという単純極まりない楽音の変化が、 弦楽器の質感の変化につながりヴォーカルの声質の変化にも影響し、多くの 再生音に関連していくという実際を実演し証明出来るという根拠を持っていると いう事が再生音の一部を切り取って表現することの裏付けとなっているのです。 その実際の私の活動を通じてmarantzのSC-7S1とMA-9S1を22年前に購入して頂いた という実例を下記のページで紹介します。 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-05.html 「Web上で公開されている随筆には、川又氏の明快な理論と豊富な経験に裏打ち された世界が、的確かつ偽りのないタッチで記されていた。 そして何よりも、 その随筆には、オーディオに対する情熱的で真摯な姿勢が満ち溢れていることに 大変魅力を感じた。」 ありがたいお言葉を頂きました。その後、福井県S様とは長年のお付き合いが続いており、 交響曲を大音量で聴かれるS様の好みと人柄を誰よりも承知しているという自信があります。 本稿の締めくくりとして下記ページより引用を試みたいと思います。 随筆「音の細道」第五十話「Made in Japanの逆襲」エピローグ https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/oto/oto50-09.html 「この随筆の究極の目的は、読まれた人々にここでの演奏を体験して頂くための “触媒”であり“来訪の動機付け”になればと考えている。 ここで体験して頂くことによって、私が将来に渡って語り続ける音の世界を イメージして頂くことが可能ではないかと期待し、そこにユーザーに対する カウンセリングの根拠が見出すことが出来る。」 オーディオに興味はあるけど私なんかが聴いても違いが分かるだろうか、という 自分はオーディオマニアではないが音楽が大好きというお客様に対して、私は良く 耳で聴く音楽(再生音)は舌で味わう食の世界と同じように「美味いか不味いか」で 判断してくれればいいので簡単なことなんです、と説明しています。 昨夜の料理は美味かった、昨日のレストランは美味かった、その実感を言葉や 文章で伝えようとしても、レシピを動画で見せても人に伝える事は難しいものです。 最も単純で正確な味の伝達手段とは何か? 簡単です! 同じものを一緒に食べればいいのです。 お薦めの料理を口にして笑顔になれば、もうそれで十分です。 そんな思いから上記の随筆では下記のように述べていたわけです。 「同じものを食して初めて同じ味を語れるという例えのように感性による体験の 共有がハイエンドオーディオのセールスに最も必要であると信じて疑わない。」 さて、以前に書いていた随筆のように大変長文になってしまいましたが、 私が推薦する根拠とオーディオに対するルーツとも言える思いが皆様に届けばと 願っているものであり、上記の音の細道 第50話「Made in Japanの逆襲」の 最後の1ページからの引用にて本稿を締めくくりたいと思います。 謝辞 大変長い文章を最後までご精読頂き本当にありがとうございました。 私は、音楽を聴いている時間が皆様にとって至福のひと時であるように、 この随筆をお読み頂いている時間そのものもエンターテイメントの一環として 楽しんで頂ければと考えております。 ■この続きはここでは書きません。webサイトにてご覧頂ければと思います。 そして、この続編は当フロアーでの皆様の体験によって綴られていきます。 https://www.dynamicaudio.jp/s/20250107163031.pdf ★川又より marantz 10Seriesを試聴したいという皆様の予約をお待ちしております。 https://www.dynamicaudio.jp/5555-7F/appoint.html |