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H.A.L.担当 川又利明


No.089 「PAD DOMINUS によって進化した WADIA POWER-DAC」
これまでACドミナスを使用してからのパワーDACの変貌ぶりに驚かされていたのだが、その進化と熟成にはまだまだ続きがあったのである。前回はワディア390と左右のワディア790本体に3本のACドミナスを投入しての変化を述べているのだが、待望していたドミナスのバランス・デジタルリンクがやっと到着した。dcs972から96キロHzにアップコンバートしてWADIA390に入力するとフルデジタルの威力を発揮して素晴らしい演奏を聴かせてくれるのだが、このdcs972からWADIA390の接続に待ちに待ったAES/EBUのドミナスが到着したのである。そして、従来はワディア790本体に使用していたACドミナスはカルダスのパワーケーブルを中継した形であったのだが、これも壁コンセントのCRYO−L2から3メートルのACドミナスとエクステンションボックスを通じて完全にドミナスによる給電状態を完成させたのである。これでパワーDACシステムにおける電源環境とデジタル入力部において総合的にドミナスを使用し、考えうる理想的なアイソレーションが仕上がったわけである。

最近の選曲はまずこれから。御馴染のヨーヨー・マが演奏するホールが一回り大きなものに感じられ、見晴らしがよくバックの伴奏楽器にもピッタリとフォーカスが合う快感が何とも言えない。これには驚いた。正直にいって私は集中力を高める寸前の状態で気軽にスタートボタンを押しただけなのである。音楽がいっぱい吹き込まれた風船の薄い表皮を通して聴いていたのだろうか、オールドミナスでの再生をはじめたまさにその瞬間に風船がパンッ!と割れて閉じ込められていた余韻と空間情報がノーチラス801の周辺にパッと展開したようである。一聴しただけで拡がりが段違いであり、パワーDACが何のために生まれてきたのかを、恐らくワディア社の設計者も想像できなかったレベルで思い知らせてくれるのである。大貫妙子のヴォーカルに曲が変わっても、その魅力はますます冴えるばかりである。静寂さの中に消えていくエコーの何と美しいことか。デジタル・オーディオの神髄は昔からダイナミックレンジの広さにあったわけだが、その深々とした静寂感の深淵さはアナログコンポーネントには真似の出来ない世界である。
昨夜アナログレコードが再び人気を集めているというテレビのレポートが流されていたが、私はアナログへの回帰を否定も肯定もしない。しかし、私がLPを聴いていたころにはデジタル録音と大きく書かれた帯に目を留めて興味津々で聴いていたものである。「ああ、やっぱりデジタル録音はS/Nがいいなあ」などとアナログ時代においてデジタル録音を称賛し、来たるべきデジタルオーディオの登場を夢にみたものである。ところが、CDが普及するにつれてデジタル臭いだとか無味乾燥だとか、せっかくの技術進歩を未熟であると責め立てる人々が表れるではないか。確かにCDに代表されるデジタルオーディオが未熟な時代があったのは認めるのだが、それではアナログオーディオは完成されたと断言できる人がいるのだろうか。統一された工業規格や品質管理の指標がなかったLPは、偏心はあるはソリはあるはセンターホールの大小はあるはと、いい加減なことはなはだしい記録媒体ではなかったろうか。わずか20倍という倍率のルーペがあれば、アナログオーディオの入り口であるピックアップカートリッジのスタイラスを観察することが出来た。しかし、CDのピットは0.5ミクロンという超ミクロの世界であり電子顕微鏡でしか見ることの出来ない領域である。私は思うのだが、これほどのミクロの世界でオーディオ信号を記録再生することが出来るようになったということは、技術的視野が想像を絶するほど拡大したということであり、音質評価のパラメーターの数が飛躍的に拡大したということだと思う。そして、この技術分野と音質評価の指標を拡大することに世界中のエンジニアが情熱を燃やしているのだから、間違いなくオーディオの世界はエンドレスなのである。従って、アナログオーディオが衰退していったというのは技術的向上に限界を感じてしまったという事実の表れでもあり、デジタルオーディオに関しては加速度的な技術革新によって次々に未知の世界が発見され開拓されるというフロンティアであるに違ない。パワーDACの登場と本来の実力を確認しておくことは、オーディオという趣味に更なる目標提示を受け入れる寛容さと勇気のある方に与えられる幸福感の実例でもある。これを聴かずしてオーディオの21世紀はない。

さて、話は変わるがPADドミナスケーブルをレコーディングに使用したCDが2タイトル発売された。東芝EMIよりトルヴェール・カルテットの「デューク・エリントンの時代から」(TOCE−55095/HDCD収録)と、佼成出版社音楽出版室より東京佼成ウィンドオーケストラの「チャリマータ!」(KOCD−3023)である。実は、この2作品を録音編集されたエンジニアのK氏は私の古いお得意様であり、これまでにもK氏のレコーディングには陰ながらお手伝いをさせて頂いた経緯があったのである。 個人的にも熱心なオーディオファイルであり、ドミナスもサンプルを聴いて頂いたところ即決でオーダーを頂き複数本をお求め頂いていた。しかし、さすがにレコーディングの機材すべてにまかなえる本数ではなく、シーエスフィールドの今井氏を通じて援助をお願いしたものであった。従って、この2タイトルのライナーノーツの最終ページにPADドミナスを使用したことと、今井氏と私の名前がSpecial Thanksとして書き込んで下さったのである。私などの立場ではもったいないような話しであるが、社名入りのクレジットであり、これも仕事の一環としてありがたくサンプル盤を頂戴したものである。

このトルヴェール・カルテットは4本のサクソフォンによる演奏であるが、これまでの作品も試聴に使用できるレベルの録音であり演奏も素晴らしいものだ。そして、レコーディングにドミナスが使用されたというのも初耳のエピソードであり、最高レベルの状態にセッティングしたパワーDACで聴けるなど大変な幸運でもある。録音は99年8月に長野県新田郡笠懸町にある笠懸野文化ホールで行われ、ジャケットの写真を見る限りでは内装に木材を多用したいかにも響きのよさそうなホールである。録音された当事者に聴いて頂くと「ホールにいるみたいだね。サクソフォンは音量の大きな楽器なんでピアノの音がマスクされてしまうところを上手に録るのが難しいんですよ。でもピアノのニュアンスがこんなによく聞こえるなんて驚きです。」とプロから上々の評価を頂戴する。私は12トラックめに入っている「Duke's Time」というタイトルの16分におよぶ長生淳氏編曲の演奏がすっかり気に入ってしまい、その演奏中のいたるところで確かにホールエコーが大変美しく収録されている。そして、これまでトルヴェール・カルテットのアルバムは何枚も聴いてきたのだが、不思議とサクソフォンの音色にストレスがまったく感じられず音量も自然と上がってしまうのである。私はK氏に初歩的な質問をした。「このスピーカーとの距離は4、5メートルというところですが、もし同じ距離で彼らのサックスを聴いたときのボリュームはどうですか?」すると「いやいや、これより生の方がもっと大きく聞こえますよ。」とおっしゃる。ダイナミックレンジの大きさは生に勝るものはないのだが、このカルテットの背後に響き渡る音場感はドミナスの存在を明らかに表現しているものである。最近私はすっかりドミナス中毒にかかっているので、ここで演奏しているシステムからドミナスが1本でも欠落、もしくは不足していると耳でわかってしまうほどになってしまった。もし、その私がレコーディングにドミナスを使用しているということを事前に知らされていなかったらどんな反応をしていたのかを思わず自問自答してしまった。とにかく、このCDに収録されている音場感の拡がりと楽音のニュアンスのスムーズさ、そして見事なエコー感は現行フォーマットの極地点を示すものであり、先程述べたデジタルオーディオの完成へといたる大きな進歩として評価出来るものである。

次の東京佼成ウィンドオーケストラは今年9月にパルテノン多摩大ホールで収録された吹奏楽であり、近代のアメリカの作曲者の作品をゲストコンダクター山下一史氏の指揮によって演奏されたものである。メインマイクにはノイマンのM−149、コンソールはステューダー962、A/DコンバーターはJVC 20−bit K−2、PCMレコーダーはSONYのPCM−9000、そしてメインケーブルとしてPADドミナスがテクニカルインフォメーションとして記載されている。Special Thanksとして同様に今井氏と私の名前もクレジットされている。全編にわたりホールのスケール感を意識させるスピード感ある残響の飛散が壮快であり、グランカッサを多用するアメリカ的な曲に興奮してしまうリズミカルな演奏が続く。そして、驚くべきことは強烈な金管楽器群のフォルテが繰り返されても顔をそむけるような刺激臭は皆無であり、ギラギラしたまぶしさに目を細めるような音の逆光成分はまったく感じられないのである。実に気持ち良くノリのいい演奏に時間を忘れ、これもトルヴェール・カルテットと同様にレコーディングにおけるドミナス効果をさりげなく発揮している秀作である。

以上の2タイトルはPADを使用されている方、もしくはPADをこれから検討しようとしている方、そして音楽が好きでたまらないという方に私からお勧めする作品である。願わくば、K氏にもこれからのレコーディングでドミナスをますます採用して頂ければと希望するところでもあり、ケーブルというサブ・コンポーネントに対する価値観がレコーディングサイドでも正当に評価される時代になってくれることを願ってやまない。 とりあえず、皆様には上記2タイトルの作品でドミナスのエッセンスがほんの少しでも伝わるものであれば私もうれしい限りである。

今後DVDオーディオやSACDなど次世代フォーマットによりハイサンプリング/ハイビットの普及が進むであろうが、今回パワーDACという最先端のハイテクを駆使したシステムにおいてもPADドミナスの価値が発揮されたことを大きな収穫として私は認識した。ケーブル内を伝送される信号の情報量が拡大すればするほど、ケーブルの能力が問われるという単純であり明確な事象を確認し、未来のハイエンドオーディオに更に新しい期待を感じるこの頃である。実をいうと、この原稿は99年12月29日に書いたものであるが、思えば今年3月にシーエスフィールドの今井氏と出会ったことがビジネス面においても、また当フロアーのデモ・クォリティーにおいても、そしてレコーディングの現場への採用にしても各方面への大きな飛躍の年であったと考えている。 新年には新たなプロデュースの計画が複数予定されており、決して日本全国のオーディオファイルを飽きさせることのないプログラムに意欲を燃やしている。

 

2000年のいつか、またここH.A.L.でお会いしましょう。 どうぞ、皆様もよい新年をお迎えください。

そして・・・・ a happy new year’2000

T Kawamata

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